世の中で販売されている化学製品には、必ず規格があります。規格に適合していなければ、商品として売り出すことはできません。

そして、規格に適合しているかを判断するためには、分析をする必要があります。そのため、商品を製造しているあらゆる業界で、分析の仕事は行われています。

したがって、分析の専門家としての経験があるあなたは、多くの業界で活躍するチャンスがあります。

ここでは、化学分析の経験を活かして転職をする場合、どのような業界で活躍できるのかについて紹介します。そして、それぞれの業界での仕事内容を、求人情報を基に説明します。

分析化学の経験を活かせる業界は多い

あらゆる業界で分析が行われるといいましたが、普段目にする商品はパッケージに包まれて売り出されているので、分析の工程をイメージしにくいかもしれません。

ここで紹介する仕事内容は、おもにパッケージの中に入っている、製品そのものの分析です。

では、それぞれの業界における求人情報や実際の仕事内容を順に確認していきましょう。

製薬会社

医薬品は、規格が厳しく定められている製品の1つです。

薬局でもらったほとんどの医薬品は、リビング、ダイニング、寝室のいずれかで保管することが多いと思います。

風邪をひいたときによく処方される解熱鎮痛剤の1つである、ロキソニン錠の箱の写真を下に示します。室温で保管する必要があることが記載されています。

室温とは、日本薬局方では1~30℃を指します。家の中のほとんどの場所は、この温度の範囲内だと思います。

しかし、なかには冷蔵庫に保管する必要がある医薬品もあります。このような保管の条件も、製薬会社が行った安定性試験の結果によって決定されます。

このような試験に従事する、実際の求人例を示します。この求人は、バイオテクノロジーや抗体医薬に強みがある協和発酵キリン株式会社の求人です。

この求人の「仕事内容」の欄には、医薬品の規格試験、安全性試験などに従事する旨が記載されています。

続いて、製薬会社で分析職として働くときに、従事することになる仕事の全体像を解説します。

医薬品は、最終的に製品ができるまでに多くの工程が必要になります。

まずは、使用する原料が、あらかじめ定めた規格に適合しているかを確認する必要があります。

納品時に購入先からの品質保証書があっても、納品後に品質管理部が必ず試験を行います。

その後、低分子医薬品であれば、何工程も反応を行うことで、有効成分の原薬を合成します。合成された原薬は純度、不純物量を分析し、規格に適合しているかを確認する必要があります。

そして、原薬はそのまま薬になるわけではありません。嵩(かさ)を増すために賦形剤を加えたり、味を矯正するために矯味剤を加えたりして、最終的な製剤を作り上げます。

作られた製剤も、安定性を確認する必要があります。具体的には、温度、湿度、光などに対する安定性を試験します。

これらの項目の試験を実施した結果によって、医薬品の保存条件が決められます。

安定性試験をした結果がまとめられている、インタビューフォームと呼ばれる書類の一部を下に示します。

これは、冷蔵保存しなければならないインスリン注射のインタビューフォームです。5℃では36ヵ月間安定ですが、30℃の場合は6カ月で不純物が増えたり、インスリン含量が減ったりしています。

そして、この製品のパッケージには、以下のように保存条件が記載されています。保存条件は、安定性試験の結果に基づいて決定します。

そして、これらのすべての分析に関わるのが、製薬会社の化学分析です。

また、試験は実施をしたら終わりではありません。特に新薬の開発に携わるときは、分析結果を医薬品の安全性を確保する業務を行っている医薬品医療機器総合機構(PMDA)に提出する必要があります。

この際の書類作成も、製薬会社での化学分析の仕事内容に含まれます。

化学メーカー、食品メーカー、化粧品メーカー

医薬品以外にも、製品を作っている会社はたくさんあります。具体的には、化学メーカー、食品メーカー、化粧品メーカーなどです。

これらの企業が作る製品も、規格試験に適合したものが世の中に流通しています。

したがって、それぞれの業界での化学分析に関わる仕事があります。実際の求人例を、順に確認していきましょう。

まずは、化学メーカーの求人です。この求人は、大手転職サイトのdodaで見つけた、感光材や化成品事業を展開している東洋合成工業株式会社のものです。

この求人で採用されると、千葉県にある工場で感光材の品質管理業務に携わることになります。

そして、この求人情報の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。

具体的に、使用する分析機器も記載されています。これらの実験機器の使用経験が、必須条件に挙げられています。

対象となる機器の種類は多いですが、化学分析の専門家であれば、使用経験があるものがほとんどだと思います。

化学メーカーで行う分析は、製薬会社で行うものと似ています。具体的には製品の原料、途中工程、最終製品などの分析です。

それぞれの工程で、規格に適合しているかを分析します。

続いて、食品メーカーの求人を紹介します。東京と大阪に本社があり、神奈川、愛知、福岡などの都市部だけでなく全国各地に営業所がある日清食品の求人です。

この求人情報の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。この求人で採用されると、東京にあるグローバル食品安全研究所で、分析の研究職として働くことになります。

食品も医薬品と同様に、人間の体内に入るものです。そのため、最終製品の栄養分の分析だけでなく、原料に危険物質が含まれていないか、アレルギー物質の混入の有無なども検査します。

例えば、原料で野菜を使用する場合は、農薬が残存している可能性があります。また、発がん性物質が付着している可能性もあります。これらについて分析を行い、基準値以下であることを確認する必要があります。

しかし、世の中で用いられるすべての農薬や、すべての発がん性物質の分析方法が確立しているわけではありません。

そのため食品メーカーでは、そのような物質を分析するための分析法や分析装置の研究開発も行うことがあります。この求人では、そのような仕事にも携わることになります。

最後に、化粧品会社の求人案件を紹介します。この会社は、千葉県に本社があり、千葉県と秋田県の工場で化粧品の受託製造を行っている株式会社マーナーコスメチックスです。

この求人情報の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。

分析機器を用いた有効成分や製品の分析は、化学メーカーや食品メーカーと同様に実施します。それだけでなく、化粧品メーカーならではの検査もあります。

化粧品の多くは肌に使用します。そのため、実際にできあがった製品を肌に使用して、使用感が問題ないかを試験する必要があります。

このように、化学分析の経験を活かして、中途採用される求人は多いです。

機器メーカーへの転職

ここまでは、化学分析の知識、実験の経験を直接活かすことができる求人を紹介しました。

続いて、分析機器を開発するメーカーへ就職する求人を紹介します。

京都府にある、病院で使用する検査機器を研究開発しているアークレイ株式会社の求人です。

下の写真は、アークレイ株式会社から発売されている尿検査のときに使用する機器です。

この機器では尿中に糖分、タンパク質、血液などが含まれているかを測定できます。この分析機器は、主に病院や検査センターで使用されています。

そして、この求人の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。

この会社に就職すると、新しい分析機器の研究開発に携わることになります。

分析結果を出すことを仕事とするのではなく、新たな原理を活用した検査方法、検査機器を生み出すことが仕事になります。

そのためには、これまで分析に携わった経験や、分析化学の知識が必要になります。

特許事務所に転職する

ここまでは、分析化学の知識や、身に付けた分析の技術を活かして働く求人を紹介しました。

最後に紹介するのは、実験を行うのではなく、特許出願に関わる特許事務所への転職です。

下の求人は、東京都港区にある特許事務所の求人です。

この求人の「応募資格」の欄を、下に示します。

必須条件に分析化学の知識と、明細書作成経験が挙げられています。

特許は企業の権利を守るための大切なものです。新規技術の開発に携わっていれば、特許作成に関わる機会もあります。そのような経験があれば、このような求人に応募することができます。

特許事務所は、特許など特許庁への申請手続きを企業に代わって行う会社です。そして、その手続きを行うのは、特許事務所に在籍する弁理士です。

弁理士は、特許の手続きを企業に代わって行うことが認められている国家資格です。弁理士資格は、国家資格のなかでも最難関の資格の1つです。

そして、弁理士にも得意分野があります。すべての分野に精通していることはありません。

私の大学院時代の同級生で、弁理士として働いている友人がいます。彼は薬学部出身であることもあり、取り扱っている分野は、有機化学、高分子、薬学、バイオ、飲料、医療・福祉です。

例えば、電気回路、コンピュータ、半導体などの分野の特許であれば、私の友人ではなく、それらを専門で扱ったことがある人が携わることになります。

この求人では、バイオ、分析化学の専門性があれば採用される可能性があります。

そして、弁理士資格を有していなくても、特許事務所で働くことはできます。そのため、この求人でも、弁理士資格は必須条件ではなく歓迎条件として挙げられています。

弁理士資格を有していなければ、実務経験を積みながら、将来的には弁理士試験合格を目指すようになります。

以上のように、分析化学の知識と特許明細書の作成経験があれば、特許事務所で働くことができます。

求められる経験と知識

分析化学に従事していれば、さまざまな業界に転職することできることを説明しました。

では、これらの業界に転職するときには、どのような経験や知識が求められるのでしょうか。分析化学の知識以外にも求められるものはあるのでしょうか。続いて、それらについて順に解説していきます。

分析機器の使用経験

分析機器は種類が豊富です。そして、1種類だけの機器で、化合物が同定できたり、化合物の特性が完全にわかったりするわけではありません。

例えば、有機合成で精製した副生成物の構造と生成量を解析しようとする場合を考えます。

この場合は、まずはその副生成物を単離する必要があります。そして単離した副生成物のNMR、MSを測定することで、ある程度構造を推測できます。

続いて、不純物量を測定するためには、定量分析が必要になります。定量分析のためにはHPLCが汎用されます。

単離したサンプルを溶解・希釈し、HPLCで検量線を作成し、最終的には計算で不純物量を求めます。

これらの一連の作業は、実際に行ったことがある人はスムーズに行うことができます。その一方で、全く経験がないと、何を準備すればよいか、分析の条件はどのように設定すればよいかなどが、全く見当が付きません。

実際に、分析機器の使用経験が必須であることが記載されている求人例を紹介します。

この求人は、東京都千代田区に本社がある、アルミニウムを用いた製品を研究開発している株式会社UACJのものです。

この求人で採用されると、研究開発で作った合金の成分分析に携わることになります。

そして、この求人の「対象となる方」の欄には、以下のように記載されています。

この求人では、ICP-AES、GC-MS、HPLCのいずれかの経験が必須です。なお、いずれの機器も使用するために必要な資格はありません。使用した経験さえあれば十分です。

そして、分析化学を専攻していなくても、理系の化学系学部の出身者であれば、何かしらの分析機器の使用経験はあるでしょう。

また、このような条件で提示されているということは、入社後はすべての機器を使うような業務に携わる可能性があります。1種類の分析機器だけを扱うのではなく、複数の機器を扱うことになるでしょう。

そのため、多くの分析機器の使用経験があれば、就職先の選択肢を増やすことができます。

有機化学の知識

あなたは、有機化学というと何を思い浮かべますか。教科書に載っているような、有名な人名反応でしょうか。それとも、研究室で行う有機合成の実験でしょうか。

分析する対象物は、有機物であることが多いです。医薬品はほぼすべて有機化合物です。化成品も、多くの製品が有機合成で作られます。

そのため、有機化学の知識がある方が、分析結果をより深く検証することができます。

例えば、HPLCを利用して有機合成でできる不純物プロファイルを解析する場合を考えます。

この場合、HPLCのチャートには主生成物だけでなく、残った原料のピークも現れます。用いる溶媒によっては、溶媒のピークも現れます。

そして、どのピークがどの化合物由来のものかを予想する必要があります。

このときに、有機化学の知識があれば、どのような生成物ができるかを予想しやすくなります。極性が高い置換基の有無などがわかれば、保持時間もある程度推測することができます。

また、反応条件がわかれば、どのような不純物が生成されるかも予測できます。

そして、反応条件から生成物だけでなく副生成物の構造を予測するためには、有機化学や有機合成の知識、経験が必要不可欠です。有機合成が未経験であれば、このような予想をすることは難しいです。

このように、有機化学の知識があることで、分析結果をより深く、正確に解析することができます。

英語力

英語力は、あらゆる職種で求められます。あなたも学生時代に、就活のためにTOEICを受けたり、英語の勉強をしたりしたのではないでしょうか。

そして、分析化学の分野で働く場合でも、英語力が求められることは多いです。

実際の求人例を下に示します。

この求人は、大阪府にある大手医薬品メーカーの求人です。

この求人で採用されると、原薬の研究業務全般に携わることになり、そのなかに分析業務も含まれます。

そして、この求人の「応募資格」の欄には、以下のように英語力が求められることが記載されています。

医薬品に関連する分析を行うときには、「日本薬局方」という医薬品の規格基準書に記載されている試験方法で実施する必要があります。

そして、日本以外の国で薬を販売しようとすると、その国の薬局方に則った試験を実施する必要があります。

このときに、日本薬局方のアメリカ合衆国版が米国薬局方(USP)、ヨーロッパ版がヨーロッパ薬局方(EP)と呼ばれます。

これらの薬局方に英語で記載された分析法を読み、正しく分析を行う必要があります。

また、これまで紹介してきた求人でも、英語力があると歓迎される案件はあります。

第1章で紹介した、アークレイ株式会社の求人の「対象となる方」の欄を示します。この求人では、中級(TOEIC 650点)以上の英語力があれば歓迎されます。

続いて、同じく第1章で紹介した、特許事務所の求人の「応募資格」の欄を示します。この求人では、TOEIC750点程度の英語力が歓迎条件として示されています。

「海外出願の経験」も歓迎条件となっていることから、英語圏の国への特許出願にも関わることが予想されます。そのため、高い英語力があれば転職活動を有利に進めることができます。

以上のように、分析化学に関連する業務を行うときに、英語力が求められることがあります。

この章で紹介した経験や能力があれば、転職活動を有利に進めることができるでしょう。もし、エージェントサービスを利用していれば、担当者から希望就職先にしっかりとアピールしてもらうようにしましょう。

まとめ

ここでは、化学分析の経験を活かして転職をする場合、どのような業界で活躍できるのかについて紹介しました。

化学分析の経験があれば、その実験の経験を活かして、製薬会社、化学メーカー、食品メーカー、化粧品メーカーなどに転職することができます。

そして、実際に分析をするのではなく、分析機器を開発する機器メーカーに転職することも可能です。

また、分析化学の知識と特許明細書作成の経験があれば、特許事務所に就職することもできます。入社後は、特許出願を希望する企業に代わって、特許庁への特許明細書の作成や提出を行うことになります。

転職の際には、分析機器の使用経験だけでなく、有機化学の知識が求められることもあります。有機化学の知識があれば、分析結果をより深く検証することができます。

そして、海外の特許を読んだり、日本以外の国へ特許出願をしたりすることもあるので、英語力も求められます。

分析化学に従事した経験があれば、幅広い分野への転職が可能です。分析化学以外の有機化学や英語の知識、スキルも活かして転職活動を行うようにしましょう。


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