あなたは、「バイオ医薬品」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。医療にあまり興味がない人や、病院に通院していない人は、聞いたことがないかもしれません。

実は、あなたの身の回りの医薬品のなかにも、バイオ医薬品はあります。糖尿病治療薬の1つの「インスリン注射」は、バイオ医薬品です。

バイオ医薬品は優れた効果を示すものが多く、年々需要が増しており、使用量も増えています。

そして、バイオ医薬品を研究するためには、さまざまな専門領域の研究者が関わります。

ここではまず、バイオ医薬品の特徴について説明します。そして、バイオ医薬品の研究職に転職するために必要な技術や経験について、求人例を基に解説します。

バイオ医薬品とは

バイオ医薬品は、医療現場では「生物学的製剤」や「遺伝子組換え医薬品」とも呼ばれています。そして、バイオ医薬品はホルモン、ワクチン、抗体医薬、酵素などに分類できます。

バイオ医薬品と比較されるものに、低分子医薬品があります。バイオ医薬品と低分子医薬品の違いは、下の表の通りです。

バイオ医薬品 低分子医薬品
合成方法 細胞を活用 有機合成
分子量 大きい(10,000以上) 小さい(300~500程度)
薬の形態 主に注射 錠剤、粉薬、注射など
値段(薬価) 高い 安い
具体例 アクテムラ

(成分名:トシリズマブ)

カロナール、アセリオ、アルピニー

(成分名:アセトアミノフェン)

実際の薬を例に、それぞれ項目について説明します。

・合成方法について

低分子医薬品は分子量が小さいので、有機合成で作られます。下に、アセトアミノフェンの製造方法の一例を示します。

これらの反応は、原料の試薬を混ぜることで進行します。

一方で、バイオ医薬品は、バイオテクノロジーを利用して細胞が作る医薬品です。では、バイオテクノロジーとは何でしょうか。

バイオテクノロジーとは、人間が考え出した生物学に関する技術を用いて、細胞に手を加えることです。

細胞はそのまま置いておいても、基本的には人間にとって有用なものを作ってくれません。

ここで、細胞の遺伝子に手を加えます。具体的には、薬として利用できるような物質(タンパク質)を作るような遺伝子を組み込みます。

すると細胞は、その遺伝子から薬になるタンパク質を作るようになります。

1つの細胞から作られるタンパク質の量は、ごく微量です。そこで、細胞を大量に増やす(培養する)ことで、タンパク質を大量に作ることができます。

最終的に、このタンパク質だけを取り出す(精製する)ことで、医薬品として利用できるようになります。

このように、バイオ医薬品と低分子医薬品は合成方法が異なります。そのため、開発プロセスも少し異なります。

・分子量について

低分子医薬品の成分である、アセトアミノフェンの分子量は151.16です。一方で、バイオ医薬品の分子量は大きいです。さきほどの表で紹介したトシリズマブの分子量は、約148,000です。

この違いは、バイオ医薬品のほとんどがタンパク質であることが関係します。

タンパク質は大量のアミノ酸が結合して、複雑な構造をした物質です。その結果、分子量が大きくなります。

・薬の剤形

医薬品には、錠剤、カプセル剤、粉薬(散剤)、坐薬、貼り薬、塗り薬、注射剤など、いろいろな剤形があります。あなたも、いろいろな剤形の薬を見たことがあると思います。

低分子医薬品は、これらのすべての剤形で利用されます。

例えば、解熱鎮痛作用を示すアセトアミノフェンは、錠剤、注射剤、坐薬など、複数の剤形の医薬品として利用されています。

一方で、バイオ医薬品はほとんどが注射剤です。

引用:中外製薬株式会社ホームページを改変

口から摂取したものは、胃、十二指腸、小腸で分解されて、体内に吸収されます。低分子医薬品は、分子量が小さいので、基本的にはそのまま吸収されます。

しかし、タンパク質であるバイオ医薬品は、分子量が大きいので、そのままは吸収されません。

タンパク質は複雑な構造をしており、その構造を維持しなければ効果を発揮できません。そして、分解された段階で、タンパク質としての機能を失ってしまいます。

このような理由から、バイオ医薬品は注射剤として直接体内に投与する必要があります。

・値段(薬価)

薬の値段は、厚生労働省が定める「薬価」で決められています。

低分子医薬品は、薬価にかなり幅があります。ごくまれに、1錠が50,000円を越えるようなものもありますが、ほとんどはそこまで高いものではありません。

さきほど紹介したカロナール錠(200mg)は、1錠が7.1円です(2019年1月時点)。毎日1錠ずつ飲んでも、1カ月で210円くらいです。

一方で、アクテムラは1本が39,143円です(アクテムラ皮下注162mgシリンジ、2019年1月時点)。

アクテムラは、リウマチ治療で2週間に1本使用されることが多いです。1カ月で2本使用すると、1カ月で39,143円×2=78,286円です。

保険診療を受けると、自己負担割合は3割や1割です。自己負担割合が3割の人が、アクテムラを2本使用すると、実際に支払う金額は78,286円×0.3=23,486円になります。

リウマチ治療で使用する注射薬はほかにも種類がありますが、いずれも1本が何万円もするものばかりです。

このように、バイオ医薬品は低分子医薬品と比べて高いものが多いです。

バイオ医薬品の使用割合は、年々増加している

下に、世界と日本における、バイオ医薬品とバイオ医薬品以外の売上高とバイオ医薬品比率の推移を示します。日本国内に限らず、世界的にも使用量が増加していることがわかります。

引用:バイオ医薬産業の課題と更なる発展に向けた提言 8,9ページより抜粋

バイオ医薬品は、バイオテクノロジーの技術の発展に伴い、急速に成長しています。

これまで効果的な治療法がなかった病気に対して、バイオ医薬品の登場によって治療法が大きく変わったものもあります。例えば、リウマチに対しては、さきほど紹介したアクテムラのようなバイオ医薬品が積極的に使用されています。

このように、バイオ医薬品の使用量は世界的にも急速に増加しています。

バイオ医薬品の研究開発、製造の仕事内容と求人例

1.1では、バイオ医薬品の合成工程を紹介しました。そして、それぞれの工程で専門職の仕事があります。

続いて、具体的な仕事内容を、求人情報を基に解説します。

生産細胞構築、細胞培養技術、精製技術の研究開発

下の求人は、バイオ医薬品の研究開発に強みをもつ、協和発酵キリン株式会社の製造技術スタッフの求人です。

この求人の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。

この項では、バイオ医薬品の1)生産細胞の構築、2)細胞培養技術の開発、3)精製技術の開発の仕事内容について、バイオ医薬品の「成分A」を作る場合を例に説明します。

まずは、生産細胞の構築について説明します。

最初の工程で、細胞に成分Aを産生してくれる遺伝子を組み込みます。このとき、すべての細胞にうまく組み込まれるわけではありません。

大量に成分Aを作るためには、成分Aを作る細胞が大量に必要になります。

そこで、成分Aを作る能力がバラバラの状態から、能力が高い細胞だけで構成される細胞群にする必要があります。これらの工程が生産細胞の構築です。

続いて、細胞培養の技術について説明します。

細胞は生き物です。何もないところで勝手に増えるわけではありません。環境が悪いと期待した通りに増殖しなかったり、死滅したりしてしまいます。

そこで、期待通りに細胞を培養するためには、細胞にとって適切な環境を考える必要があります。具体的に検討する必要があるのは、培地の組成、温度、撹拌条件などです。

これらの条件を最適化することで、細胞が大量に増え、成分Aを作り出してくれます。

最後に、精製技術の開発について説明します。

細胞によって成分Aが大量に作られても、そのままでは医薬品になりません。成分Aを作ってくれた細胞は、人間にとっては異物です。成分Aを医薬品として利用するためには、成分Aだけを取り出す必要があります。この工程を精製と呼びます。

精製の工程では、まずは試薬を加えて、細胞を破砕します。このとき、試薬の選択を誤ると、成分Aも壊れてしまいます。

この状態では、成分Aだけでなく、元々細胞に含まれていた成分や、成分Aを作るときにできた副産物などが大量に混ざっています。この状態から成分Aだけを分離しなければなりません。

具体的に行うのが、ろ過や、クロマトグラフィーによる分離です。これらの作業によって、最終的に成分Aだけを単離する必要があります。

これらの工程を経て、バイオ医薬品の成分は作られます。

製剤開発

製造された成分は、最終的には製品に仕上げる必要があります。バイオ医薬品のほとんどは注射薬です。そのため、最終的には次の写真のように、容器に詰める必要があります。この写真では、バイアルに詰められています。

引用:中外製薬株式会社ホームページを改変

さきほど紹介した求人では、原薬(医薬品の有効成分)のプロセス開発だけでなく、以下に示すような製剤開発にも携わる可能性があります。

続いて、製剤開発の仕事内容について説明します。

・処方開発と製剤化プロセス

さきほどの項では、成分Aを製造する場合を考えました。そして、成分Aが最終的に医薬品として使用されるときは、成分A以外にもさまざまな添加物が入った状態で使用されます。

アクテムラの添付文書(医薬品に添付されている使用上の注意や用法用量、効能、副作用などが記載された書面)の内容を、下に示します。有効成分のトシリズマブ以外にも、複数の添加物が含まれていることがわかります。

これらは、トシリズマブの安定性を保持するために添加されています。そして、どの添加物をどの程度の量加えるかによって、有効成分の安定性は変わってきます。添加物の組み合わせのことを処方と呼びます。

そして、処方検討によって、使用する添加剤の種類を決定し、医薬品として利用される製剤を作る作業が製剤化プロセスです。

・投与デバイス開発

投与デバイスも工夫されています。リウマチ治療で使用されているアクテムラを例に、詳細について説明します。

アクテムラは、バイアル製剤、シリンジ製剤、オートインジェクタータイプ(ボタンを押すだけで注射できる)の3種類が発売されています(2019年1月時点)。

アクテムラは、患者さんが自分で注射できる薬です。自分で注射器を用いて注射できる患者さんは、シリンジ製剤で注射できます。

引用:中外製薬株式会社ホームページを改変

また、リウマチ患者さんは指先が腫れたり痛みがあったりして、自由に動かせない方が多いです。そのような方は、細かい操作は不要で、ボタンを押すだけで注射できるオートインジェクターが使われます。

引用:中外製薬株式会社ホームページを改変

そして、自分で注射をすることに抵抗があるような患者さんには、点滴で使用できるバイアル製剤が使われます。

引用:中外製薬株式会社ホームページを改変

このように、同じ成分が入っている薬でも、複数のデバイスが存在します。どのようなデバイスが使いやすいか、デバイスを変えても製品の安定性に問題はないかなどを検討する仕事が、投与デバイス開発です。

分析技術の研究開発

製造した有効成分が正しく作られているかは、厳しくチェックされます。このチェックの仕事が品質管理です。

品質管理の実際の求人例を次に示します。この求人も協和発酵キリン株式会社のものです。

この求人は、品質技術スタッフを募集しています。

バイオ医薬品の場合は、低分子医薬品と比べて分析する項目が多いです。

バイオ医薬品はタンパク質であることが多く、低分子医薬品と比べて分子量が大きいです。そして、ただ分子量が大きいだけでなく、その立体構造も複雑です。

同じ分子量で、同じアミノ酸配列でも、立体構造が異なると期待した薬効が現れません。具体的には、ジスルフィド結合や糖鎖の結合位置などの影響を受けます。

これらを分析するために、適切な分析方法や分析条件を選択する必要があります。この仕事が、分析技術の研究開発です。

また、医薬品であれば、安定性試験も実施する必要があります。これは低分子医薬品も同じです。

すべての医薬品は、保存条件、有効期限が定められています。下に、アクテムラの保存条件と有効期限を示します。

もちろんこれらを定めるためには、根拠となるデータが必要になります。このデータを収集することも、品質管理の仕事で行います。

バイオ医薬品の研究職で求められるもの

このように、バイオ医薬品の研究開発には、多くのプロセスが必要になります。続いて、バイオ医薬品の研究職に求められるものについて解説します。

各工程における専門知識と実務経験

下の求人は、さきほど紹介した協和発酵キリン株式会社の製造技術スタッフものです。「対象となる方」の欄を載せています。

この求人では、バイオ医薬品の製造または研究の実務経験、製造工程に関する専門知識の両方が必須条件になっています。

ほかの会社の求人情報をみても、バイオ医薬品の製造や研究の経験が必須となっている求人ばかりでした。

なお、転職サイトのdodaでバイオ医薬品の研究職の求人を探したところ、「未経験歓迎」の求人はありませんでした。

このように、バイオ医薬品の研究職への転職は、キャリア採用が多いことを認識する必要があります。

GMPの知識と実務経験があれば歓迎される

GMP(Good Manufacturing Practice)は、「医薬品の製造管理及び品質管理の基準」のことです。医薬品を製造するときは、GMPを遵守する必要があります。

GMPが定められている目的は、「誰が、いつ作っても、同じ品質のものができるようにすること」です。

GMPの具体例としては、すべての作業は作業内容が記載されている標準作業指示書(SOP)に従って行う必要があります。個人の裁量で作業を変更してはいけません。

SOPには、細かい指示が記載されており、その指示に従う必要があります。例えば、「もっと反応温度を上げれば、反応が速く進むだろう。だから、決められた温度より10℃高くして、速く反応を終わらせよう」という考えは、GMPの管理下で製造するときは通じません。

下の求人は、大手製薬会社の武田薬品工業のものです。

この求人では、山口県の研究所で、ワクチンの研究、製造などに従事することになります。

ワクチンは、有機合成ではなく細胞を用いて作られます。したがって、ワクチンもバイオ医薬品に分類されます。

この求人の「対象となる方」の欄には以下のように記載されています。

GMPは、特別な知識が必要なわけではありません。しかし、GMPに関連した業務の経験がないと、「ここまで細かく規定されているのか」と驚くこともあります。

これまでGMP業務に携わったことがあれば、スムーズに仕事に入ることができるでしょう。

高い英語力

バイオ医薬品の研究職に転職するためには、高い英語力が求められることが多いです。

下の求人は、2.3で紹介した協和発酵キリン株式会社の品質技術スタッフの求人です。

バイオ医薬品に限らず、医薬品の研究開発を1つの会社だけですべて行うことはほとんどありません。共同研究を行ったり、評価の依頼を外部企業に委託したりする場面は非常に多いです。

そして、関連会社は日本にあるとは限りません。バイオ医薬品は世界的にも研究開発が盛んに行われています。そのため、海外の企業との電話会議や、海外赴任をする場面もあるでしょう。

この求人では、そのような場面を想定し、中級レベルの英語力が求められます。

また、TOEICの点数で基準を設けている求人もあります。

次の求人は、大阪府にある日系の製薬メーカーのもので、バイオ医薬品の製造プロセス研究に関する求人です。この求人の「応募資格」の欄を示します。

この求人では、TOIECで700点以上が目安になります。英語力が高い人でないと、TOEICで700点はとることはできないでしょう。

このように、バイオ医薬品の研究職の求人では、高い英語力が求められることが多いです。

製薬会社だけでなく、バイオベンチャー企業の求人もある

医薬品の研究開発を行っている会社で、最初に思い浮かべるのは製薬会社ではないでしょうか。ここまで紹介した求人は、すべて製薬会社のものです。

その一方で、バイオ医薬品の研究は、ベンチャー企業でも行われています。

下の求人は、鳥取県にある株式会社chromocenterの求人です。

この求人では、バイオ医薬品を作るCHO細胞への遺伝子導入や、細胞培養方法を検討する研究員として働くことになります。

実際の業務内容も、生物学の専門知識や実験経験が求められるものです。

このように、製薬会社だけでなくベンチャー企業でも、バイオ医薬品の研究は行われていることを覚えておきましょう。

まとめ

ここでは、バイオ医薬品の特徴と、バイオ医薬品の研究職に転職するために必要な技術や経験について解説しました。

バイオ医薬品は、バイオテクノロジーを利用して作られる医薬品です。

この分子量は大きく、主に注射薬として使用されます。また、バイオ医薬品のほとんどが低分子医薬品と比べて高価です。

バイオ医薬品の研究では、細胞への遺伝子の導入方法、細胞の培養条件、有効成分の精製、製剤開発、品質管理などの検討項目があります。それぞれの検討で、専門知識や経験が求められます。

そのため、バイオ医薬品の研究職は、キャリア採用によるものが多いです。製造に関わる場合は、GMPの知識や経験があれば歓迎されます。海外の企業との共同研究や海外赴任もあり、高い英語力が求められます。

そして、就職先は大手の製薬会社だけでなく、バイオベンチャー企業も選択肢に入れることで、転職しやすくなります。


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