医薬品の有効成分(原薬)は、最終的に工場で製造されます。工場で製造するときには、1000Lを超える大きさの反応釜で製造することになり、トンスケールの製造になります。

このように、研究室内での医薬品合成から製造までには、スケールが劇的に変わるので、多くの内容を検討する必要があります。そして、これらを検討するのが、プロセス開発の研究職の仕事であり、プロセス研究とも呼ばれます。

プロセス開発の仕事は、合成ルートの検討から始まり、スケールアップ検討、製造現場でのパイロット製造、技術移管と、多くの業務を行う必要があります。

では、プロセス開発の研究職に転職するためには、どのような経験、資格、スキルが必要なのでしょうか。

ここではまず、医薬品のプロセス開発の研究職に転職するときに、どのような求人があるのかについて解説します。そして、どのような経験、スキル、資格が転職で求められるのかについても説明し、求人の探し方も紹介します。

医薬品原薬のプロセス開発に携わる

医薬品原薬は、有機合成によって製造される医薬品の有効成分です。原薬は賦形剤、甘味料などの添加剤と混ぜて、最終的に製剤になります。

まず、医薬品原薬のプロセス開発に携わるためには、どの業界の企業に就職する必要があるのでしょうか。実際の求人例を示しながら説明します。

製薬会社

医薬品の研究開発は、製薬会社が行っています。したがって、製薬会社に転職することで、医薬品原薬のプロセス開発に携わることができます。

下の求人は、東京に本社がある外資系製薬会社の中外製薬株式会社のものです。この求人の仕事内容の欄には、以下のように記載されています。

製薬会社では、医薬品開発のすべての工程を行っています。下に医薬品開発の流れを示していますが、プロセス開発はCMC(Chemistry(化学)、Manufacturing(製造)、Control(品質管理)の頭文字)に分類される仕事の1つです。

このようにプロセス開発は、医薬品の研究職の仕事のなかでは、下流に位置づけられる仕事です。

製造受託会社(化学メーカー、製造メーカー)

製薬会社は、医薬品を研究開発していますが、すべての業務を自社で行っている企業は少ないです。これは、大手の製薬会社であっても同様です。外部企業に業務を委託する理由は、製薬会社の研究職の人員は限られているからです。

そして、医薬原薬のプロセス開発も、他社に委託することがあります。プロセス開発を受託する会社は、化学メーカーや製造メーカーなどの製造受託会社です。

下の求人は、富山県に本社と工場があり、医薬原薬や中間体の受託製造を行っている十全化学株式会社のものです。この求人の仕事内容の欄には、化合物の大量製造のための研究を担当することが記載されています。

製薬会社と製造受託会社では、行う業務はほぼ同じです。どちらに就職しても、医薬品のプロセス開発の業務に携わることができます。

求められる経験

プロセス開発の研究職として働くためには、製薬会社か製造受託会社に転職する必要があることを説明しました。

では、プロセス開発の研究職に転職するためには、どのような経験があれば転職活動を有利に進めることができるのでしょうか。

プロセス開発に携わった経験

これまでプロセス開発に仕事で携わっていれば、その経験を新しい職場でも活かすことができます。実際に求人情報を見ても、プロセス開発の経験を必須条件として挙げている求人は多いです。

次に紹介する求人は、大阪府に本社がある、株式会社片山製薬所のものです。この求人の「対象となる方」の欄には、以下のように合成実験や合成プロセス開発などの知識経験が、必須条件として挙げられています。

プロセス開発は、製薬会社や製造受託会社で行われています。つまり、これらの会社のプロセス開発研究職から、キャリア採用での転職を狙うことができます。

続いて紹介するのは、前の章でも紹介した、中外製薬株式会社の求人です。中外製薬株式会社は、合成医薬品だけではなくバイオ医薬品の開発にも力を入れています。

そして、この求人の「対象となる方」の欄には、バイオ医薬品のプロセス開発経験が必須条件として挙げられています。

プロセス開発は、ラボで合成したものを工場で製造するために適したルートの探索や、スケールアップ検討を行うものです。このような検討を学生時代に経験することはありません。

したがって、プロセス開発の経験がある人は、必然的に製薬会社や化学メーカーでプロセス開発に携わったことがある人になります。

製薬会社や化学メーカーに就職してプロセス開発の経験があれば、転職先でもその経験を活かすことができるので、自信をもって転職活動ができるでしょう。

・有機合成の知識があれば転職可能な求人もある

プロセス開発に携わった経験があれば、転職活動のときに、これまでの知識、経験をアピールできます。では、プロセス開発に携わったことがない人は、この業界に転職できないのでしょうか。

実は、プロセス開発の経験がなくても、基礎知識があれば転職可能な求人もあります。

次に紹介するのは、日本理化学工業株式会社の求人です。この求人の「対象となる方」の欄には、プロセス開発に携わった経験が必須条件に挙げられていません。

プロセス化学の研究業務に携わった経験は、歓迎条件としては挙げられています。しかし、必須ではありません。

そして、必要な経験は、大学、大学院での有機合成および分析の経験です。学生時代に、下に示すような、ナスフラスコを用いた実験を経験した人は多いでしょう。

もちろん、ラボで実施する実験と、工場での製造では、スケールが異なります。しかし、合成医薬品の原薬を製造する際に、行う作業は有機合成であり、ラボで行う有機合成の知識を十分に活かすことができます。

続いて紹介するのは、富士フイルム株式会社の求人です。この求人では、有機合成化学の知識、有機合成スキルが必須条件で挙げられています。

プロセス開発では、製造に適した合成ルートを検討することも、業務に含まれます。目的化合物を合成するときに、ルートが異なれば、製造のしやすさは大きく変わります。

例えば、用いる試薬を変えることで、工程数を減らすことができることがあります。また、出発原料を変えることで、反応条件を変えることができ、より効率的な合成が可能になることもあります。

そして、最終的には大量に製造するので、より取り扱いやすい原料を使用する方が、万が一のときに事故が起きにくいです。

例えば、下に示すようなグリニャール試薬は、水が混ざると発火する危険性が高いです。反応性が高い試薬なので、取扱いが難しく、製造の難易度も格段に上がります。

このような原料は、製造に用いるには不向きです。したがって、より安全で取り扱いやすい原料に変えることで、製造を行いやすくする必要があります。

このような検討をするのが合成ルート開発、ルート検討ですが、アイデアを出すためには、有機合成の知識や経験が必須です。全く知識や経験がない状態で、合成ルートが閃くことはありません。

また、プロセス開発ではスケールアップ検討も実施します。そして、スケールアップ検討のときにも、有機合成の経験が活かされます。具体的には、「どの程度発熱する反応か」「どの程度ガスが発生するか」などの注意点が、経験的に予測できます。

教科書を勉強して、有機合成の知識があっても、実際に合成を行ったことがなければ、製造に適した合成ルートか判断できません。

もちろん、反応機構が理解できたり、汎用の有機人名反応を覚えたりすることも大切です。このような知識を有しているだけでなく、さまざまな合成を経験していることは、プロセス開発の研究に活かすことができます。

GMPに関する知識・経験

プロセス開発は、医薬原薬を工場で製造するために行います。プロセス開発では、ラボでの小スケールの検討だけでなく、最終的にはプラントでのパイロット製造にも関わります。

そして、工場で医薬原薬を製造するときには、「GMP」に則って製造を行う必要があります。製造は、下に示すような工場の反応釜で行います。

引用:ライトケミカル工業株式会社 反応釜を改変

次に示す求人は、社名が非公開ですが、製造受託メーカーのものです。この求人では、歓迎条件としてGMPに関する知識と経験が挙げられています。

工場で医薬原薬を製造するときには、誰が製造しても同じ品質のものが作られる必要があります。そのための基準がGMPです。

GMPは資格があるわけではなく、教科書の内容を覚えることで実施できるようなものでもありません。重要なのは、GMPに準拠した製造に従事した経験があるかどうかです。

例えば、GMPに準拠した製造を行うときには、すべての作業を標準作業指示書に従って行う必要があります。また、秤量をするときには、計測結果を紙に印字できる秤量機を使用しなければなりません。

これらの作業は、実際に経験をしてみないとわからないものです。これまでにGMPに準拠した製造の経験があれば、転職の際に有利になります。

必要な資格、スキル

続いて、どのような資格やスキルがあれば、プロセス開発への転職を有利に進めることができるのかについて説明します。

まず重要なことは、「プロセス開発に携わるために、あなたが必ず持っていなければならない資格はない」ということです。つまり、無資格でもプロセス開発の研究を行うことはできます。

しかし、求人票を見てみると、必須条件や歓迎条件に資格が挙げられているものがあります。そこで、どのような資格が求められることがあるのかについて説明します。

危険物取扱者甲種

下に示すのは、富山県に本社、工場、研究所がある金剛化学株式会社の求人です。この求人は、医薬品の有機合成プロセス開発とスケールアップに携わる研究職を募集しています。

そして、この求人の「対象となる方」の欄には、危険物取扱者甲種資格が必須条件に挙げられています。

危険物取扱者資格が必要なのは、指定数量を超える危険物を取り扱う場合です。

なお、すべての職員が有資格者である必要はありません。あなたが資格を持っていなくても、資格者が立ち会うことで、規制対象物を取り扱うことができます。つまり、資格がなくても、プロセス開発の仕事はできます。

プロセス開発の仕事は、合成ルートの製造向けに最適化するルート探索と、決定した合成ルートのスケールアップ検討に分けられます。

ルート探索では、まだ合成ルートの検討段階なので、スケールは大きくてもgスケールです。そのため、使用するナスフラスコは、500mL~1Lが多いです。

例えば、汎用有機溶媒の1つのメタノールの指定数量は、400Lです。ルート探索の実験をしている段階では、取り扱う危険物の量が指定数量を超えることは、まずありません。

一方で、スケールアップ検討では、使用する試薬の量も大幅に増えます。

ラボで実験できるのは、10Lスケールくらいまでです。このくらいのスケールになるとナスフラスコではなく、下のような反応装置で実験を行います。

引用:株式会社旭製作所 製品紹介より

そして、次の段階としては、工場で100~200Lスケールでの合成を検討することになります。

これらのスケールになると、取り扱う危険物の量が指定数量を超えることがあるので、危険物取扱者の資格を持っている人が必要になります。

したがって、スケールアップ検討や工業化検討に携わる場合は、入社後に資格取得を命じられる可能性は十分にあります。

私もかつて、化学メーカーでスケールアップ検討に携わっていましたが、新卒で研究所に配属された直後に、危険物取扱者甲種の資格取得を命じられました。ちなみに、研究所に保管している危険物の量は、指定数量を超えていました。

なお、複数の転職サイトで「プロセス開発」で求人を検索したところ、危険物取扱者甲種が必須条件で挙げられている求人は、この1件だけでした。

ほとんどの会社は、危険物取扱者の資格がなくても転職可能です。しかし、工業化に携わる場合は、危険物取扱者の資格を入社後に取ることになる可能性は十分あります。

英語力はあった方がよい

続いて紹介する求人は、協和発酵キリン株式会社のもので、工場でのプロセス開発と製造の人員を募集しています。この求人の「対象となる方」の欄には、「仕事で英語が使用できるレベル」が必須条件として挙げられています。

日本国内でプロセス開発に関わる場合でも、英語に触れる機会はあります。例えば、ルート探索に関わるときには、下に示すような英語文献を調べて、どのような反応条件があるのかを調査します。

また、製薬会社で働く場合も、化学メーカーで働く場合も、自社内だけですべての業務が完結するわけではありません。

製薬会社であれば、プロセス開発を委託する会社とのやり取りをする必要があります。同様に、製造を受託する化学メーカーも、製造を委託する製薬会社とやり取りが必要です。

そして、これらの会社は日本国内にあるとは限りません。製薬会社も化学メーカーも海外にあることがあります。その場合は、メールで英語の文章を作成したり、電話会議を行ったりする必要があります。

このように、プロセス開発に携わると、英語を使用する機会があるので、英語力が必須条件で挙げられている求人は多いです。

・英語力不問の求人もある

英語ができれば、転職活動のときに、英語力を大いにアピールするとよいです。実は、プロセス開発の求人のなかには、英語力不問の求人もあります。

次に紹介する求人は、会社名が非公開の求人ですが、工業化検討や工場への技術移管を担当することになります。そして、この求人の「語学力」の欄には、英語力は不問であることが記載されています。

実際にプロセス開発に携わっても、英語を使用する頻度は、会社や職場、担当する業務によって大きく異なります。

私がかつて働いていた化学メーカーでは、製薬会社からプロセス開発を受託し、パイロット製造まで実施していました。そして、医薬原薬のプロセス開発を行っている担当者に話を訊くと、英語を使用することは「ほぼない」と言っていました。

このように、英語をほとんど使用しない職場も存在します。ただし、入社後は英語の勉強を求められる可能性は高いです。

私が働いていた化学メーカーでも、英語の研修には力を入れていました。毎週ネイティブの人との英会話教室が開かれたり、定期的にウェブ上での英語のテストを受けたりしていました。

したがって、英語力不問の求人でも、入社後も全く英語ができなくてもよいわけではありません。もちろん、英語ができてマイナス評価されることはありません。

あなたが、英語ができなくても、応募できる求人はありますが、英語の勉強は継続した方がよいでしょう。

コミュニケーション能力

プロセス開発では、ラボで検証した合成ルートを、最終的にはプラントでのパイロット製造を行います。そして、製造のときには、製造部のオペレーターの協力が必要不可欠になります。

製造を行うときに、研究職の人が反応釜の操作を行うことはほとんどありません。実際の操作は、製造オペレーターの人にやってもらいます。そのため、コミュニケーション能力は必須です。

なお、コミュニケーション能力について求人情報に記載されているものは少ないです。そのなかで、前の章で紹介した十全化学株式会社の求人では、仕事内容の欄に以下のように記載されています。

製造部で働く製造オペレーターは、研究職ではなく、高卒で働いている人が多いです。そのため、製造現場で働く人は、研究職の人と比べると有機化学の知識は見劣りしてしまいます。

製造の際には、反応の挙動や、原料を取り扱うときの注意点などについては、逐一情報提供をする必要があります。

逆に、製造オペレーターの人も、気になることがあると、その都度質問をしてきます。それらについて適宜対応をしなければなりません。

製造の立ち上げ段階は、研究職と製造オペレーターの共同作業で行われます。そのため、コミュニケーション能力が求められることを覚えておきましょう。

まとめ

医薬品のプロセス開発の研究職に転職するときに、どのような就職先があるか、どのような経験、スキル、資格が転職で求められるのかについて説明しました。

プロセス開発を行っているのは、製薬会社と製造受託会社です。求人を探すときは、これらの会社を中心に就職先を探すことになります。

あなたが、プロセス開発に携わっていれば、その経験を活かして転職活動ができます。また、プロセス開発ではパイロット製造にも関わるので、GMPに関する知識や経験があると、仕事に慣れるのが早いです。

そして、プロセス開発の研究職として働くために、必須の資格はありません。しかし、数は少ないですが、資格取得が必須条件に挙げられているものもあるので応募の際には、応募資格を確認する必要があります。

求人によっては、高い英語力が求められるものもあります。実際に仕事で英語を使用するかは、会社によって違いますが、高い英語力があると転職活動のときにアピールできるでしょう。

プロセス開発は研究職だけで仕事が完結するわけではありません。ほかの職種の人と協力する場面もあります。そのため、コミュニケーション能力が求められます。

プロセス開発は、会社によって求められるものが異なります。複数の転職サイトを活用するなど、多くの求人に触れて、あなたの経験やスキルを活かした転職ができるようにしましょう。


研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。

一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。

ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。

これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。