製薬会社は医薬品の研究開発のためにさまざまなデータを取り扱います。新薬を発売するためにデータを有効活用するために働くのが、データサイエンティストです。
実は、データサイエンティストという言葉自体が、製薬業界全体にまだ浸透していません。会社によってデータサイエンティストの認識も異なるのが実情です。
そのため、製薬会社のデータサイエンティストに転職するときには、どのような求人が出されているのか、あなたの希望する仕事を担当できるのかなどを十分に確認しなければなりません。
ここでは、製薬会社のデータサイエンティストを募集している求人に応募するときの注意点や、転職を成功させるポイントについて解説します。
もくじ
データサイエンティストは医薬品開発のあらゆる工程に関わる
データサイエンティストの求人を見るときに最も注意しなければならないことは、求人によって仕事内容が全く異なることです。
医薬品の開発の工程を下の図で示しています。この図のなかでデータサイエンティストの求人が出されるのは、「企画」「研究」「臨床試験」の工程です。
どの工程に携わるかで、仕事内容は変わります。続いて、実際の求人例を示しながら、データサイエンティストの仕事内容や、求人ごとの違いについて解説します。
事業の企画に介入する
最初に紹介するのは、医薬品開発の企画段階に携わる求人です。具体的には、下に示す大正製薬株式会社の求人が該当します。
大正製薬社は、東京都に本社がある製薬会社で、この求人では埼玉県にある総合研究所で働く人材を募集しています。
これまで実施されてきた一般的な新薬開発の方法は、最初に創薬の標的を決めて、その標的に対する医薬品候補物質を探索することから始まっていました。もちろんこの手法は今後も続けられます。
この手法とは別に、社内に蓄積されたデータを活用して、新たな事業を立ち上げるのがデータサイエンティストの仕事です。
大正製薬社の求人では、血液検査結果、心拍数、睡眠に関するデータなどを用いて、新たなサービスの提供を目指します。
社内に蓄積されたデータの代表例は、臨床試験のデータです。新薬開発の臨床試験を実施すると、膨大なデータが蓄積されます。それは、主作用に関するものだけでなく、副作用に関するものも含まれます。
例えば、糖尿病の治療薬を開発するときには、血糖値の変動をデータとして収集します。それ以外にも、血圧や肝機能などの糖尿病治療薬の主作用とは直接関係のないデータも収集します。
これらのデータを網羅的に解析することで、新たなサービス・事業のヒントとなるものを見出すことが、データサイエンティストの仕事です。
データ解析で創薬支援を行う
続いて紹介するのは、データ解析により創薬支援を行う求人です。具体的には、次に紹介する中外製薬株式会社の求人が該当します。中外製薬社は、東京都に本社がある大手製薬会社です。
医薬品の候補物質を探索するときには、さまざまな生物物理学的な手法を用います。求人票に挙げられているSPR(表面プラズモン共鳴)、BioNMR、分子モデリング・シミュレーションなどがその例です。
医薬品は、タンパク質やペプチドなどを標的に働きます。医薬品候補物質がこれらの標的分子と結合することで、薬理作用を発揮します。
下の図は、タンパク質と医薬品候補物質がどのように結合するかをシミュレーションしたものです。水色と紫の分子は構造が異なり、タンパク質との結合の仕方も異なることがわかります。
医薬品候補物質の構造を変えて、何度もシミュレーションを繰り返すことで、精度高く高活性を有する化合物の創製を行うことができます。
シミュレーション結果を効率的に解析することで、医薬品候補の創製の手助けができます。データサイエンティストは、シミュレーションや実験で得られる結果を解析し、創薬につなげる仕事を担当します。
臨床試験のデータを管理・解析する
最後に紹介するのは、医薬品の臨床開発に携わる求人です。求人を出しているのは、国内大手製薬会社の第一三共株式会社です。
臨床試験では、医療機関で多くのデータが出されます。第一三共社の求人では、臨床試験のデータを新薬の承認申請できるように管理・対応することが仕事内容です。
臨床試験で得られた生データは、まずは医療機関の電子カルテに保存されます。その生データから、承認申請に必要なデータをまとめて、求められる形式で当局に提出しなければなりません。
そして、この求人で挙げられている仕事内容のほとんどは、いわゆる「データマネジメント」が担当する仕事です。つまり、第一三共社の求人は、データマネジメントを募集している求人と言えます。
ここまで、データサイエンティストを募集している求人を3件紹介しました。いずれもデータを取り扱う求人でしたが、その仕事内容は大きく異なっていました。
会社が違えばデータサイエンティストが担当する仕事も異なります。そのため、あなたが担当したい仕事と、求人票に挙げられている仕事内容がマッチしているかをしっかり確認しなければなりません。
例えば、あなたが事業の企画に携わりたいと考えて転職をしても、担当する仕事が臨床試験のデータマネジメントであれば、満足して働くことはできないでしょう。
まずは、会社によってデータサイエンティストの仕事が異なることを認識して、ミスマッチを防ぐために十分な情報収集をしなければなりません。
データサイエンティストに転職するときに求められるものを確認する
では、データサイエンティストに転職するときにはどのような経験が求められるのでしょうか。
さきほど紹介したように、求人が違えば医薬品開発の異なる工程を担当する可能性が高いです。実は、携わる工程が違っても、共通の経験やスキルが求められることがあります。
続いて、データサイエンティストに転職するときに必要な経験・スキルを紹介します。
プログラミングの経験が必要な求人が多い
データ分析をするときには、手作業で行うわけではありません。膨大なデータを1つ1つ確認・分析するのではなく、人工知能などを活用することで、効率的に解析します。
そのため、データサイエンティストに転職するときには、データ解析技術に必要なプログラミングの経験が求められることが多いです。
臨床試験に携わる人材を募集していた第一三共社の求人では、以下のようにSAS(Statistical Analysis System)を用いたプログラミング業務経験が応募条件に挙げられていました。
SASは、臨床試験の統計解析を行うときに用いられるプログラミング言語です。
また、創薬支援に関わる人材を募集していた中外製薬社の求人では、Pythonなどのプログラミングスキルが必須条件の1つです。Pythonを用いた代表的な技術は、人工知能です。
データサイエンティストの仕事では、データ解析を目的としたシステム構築のためにプログラミングを行います。そのため、データサイエンティストに転職するときには、プログラミングの経験が求められることが多いです。
統計解析や人工知能の業務経験があれば有利
データサイエンティストは、製薬会社が保有するさまざまなデータを医薬品開発に活用します。これらのデータを活用するときには、統計解析や人工知能に携わった経験が求められることがあります。
創薬支援に携わる人材を募集していた中外製薬社の求人では、以下のように人工知能に関する業務経験が必須条件の1つに挙げられています。
人工知能は、医薬品開発以外でも活用されている技術です。例えば、下の写真のようなヒトの顔を認識してピントを合わせる機能も、人工知能の技術が活用されています。
このような技術の開発に携わった経験があれば、応募条件の1つを満たします。
また、冒頭で紹介した第一三共社の求人では、統計解析業務が必須条件の1つに挙げられていました。
製薬会社が保有する膨大なデータは、そのままでは活用することができません。適切に解析を行うことで、その結果から新たな事業戦略を立案できたり、医薬品としての効果が証明できたりします。
このように、製薬会社のデータサイエンティストの求人では、人工知能の開発や統計解析の経験があれば応募しやすいです。
医薬品開発の経験がなくても応募できる求人はある
製薬会社は、医薬品を研究開発・販売する企業です。製薬会社で働くデータサイエンティストは、新薬を生み出すためにさまざまな工程で活躍します。
実は、製薬会社のデータサイエンティストに転職するときには、製薬会社での業務経験がなくても応募できる求人もあります。
最初の章で紹介した大正製薬社の求人の応募条件は下の図のとおりです。
応募のために必要なのは、転職後に担当する業務と同様の経験と、機械学習、統計解析、プログラミングなどの実務経験です。
これらの業務は、医薬品開発以外でも担当します。さきほど紹介した、ヒトの顔を認識してピントを合わせる技術の開発も一例です。
そして、大正製薬社の求人に応募するために、医薬品開発に従事した経験は必須ではありません。医薬品メーカーでの業務経験は、歓迎条件として挙げられています。したがって、ほかの業界からの転職も可能であることがわかります。
このように、これまで製薬業界での業務経験がなくても、プログラミング、機械学習、統計解析などの業務経験があれば、製薬会社のデータサイエンティストの求人に応募できるものがあります。
データサイエンティストに転職したときの年収・給料を知る
最後に、製薬会社のデータサイエンティストに転職したときの年収を紹介します。
ここまで3件の求人を紹介しました。最初に紹介した大正製薬社の求人では、以下のように700万円~950万円が提示されています。
そして、そのほかの求人も含めた提示年収と仕事内容をまとめたものが、下の表です。
企業名 | 提示年収
(万円) |
仕事内容 |
大正製薬(株) | 700~950 | 事業の企画 |
中外製薬(株) | 600~900 | 創薬支援 |
第一三共(株) | 600~900 | 臨床試験 |
3社の求人で提示されている年収は、ほとんど差がありません。
ここまで紹介した3社の製薬会社の求人は、それぞれ医薬品開発のなかで異なる工程を任されるものでした。つまり、医薬品開発のどの工程に関わるとしても、年収は基本的には変わりません。
そして、全産業の平均年収が約500万円なので、これらの求人で提示されている年収はいずれも高い水準であることがわかります。
前の章で紹介したように、データサイエンティストには高い専門性と知識・技術が求められます。製薬会社のデータサイエンティストは転職の難易度も高く、その分高い年収を得ることができる職種といえます。
まとめ
製薬会社のデータサイエンティストは、会社によって仕事内容が大きく異なります。医薬品開発の企画、研究、臨床試験のいずれかに携わることになります。あなたのやりたい仕事とマッチする求人を見つけなければなりません。
データサイエンティストに転職するときには、多くの求人でプログラミングの経験が応募条件に挙げられています。ほかにも、統計解析や人工知能技術の開発に従事した経験があれば、応募できる求人もあります。
また、製薬業界以外での業務経験があれば応募できる求人もあり、業界を変えて転職することもできます。
製薬会社のデータサイエンティストの年収は、全産業の平均年収よりも高い水準です。その分、転職で求められる業務経験や技術レベルも高いです。
これらのポイントを押さえて求人を探すことで、満足できる転職を実現しやすくなります。
研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。
一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。
ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。
これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。