製薬会社で働いている職種は、多岐に渡ります。そして、そのなかの1つに「薬事」があります。薬事は新薬の承認申請に関わる、医薬品開発における重要な仕事を担います。
薬事の仕事は、同じ製薬会社のなかで働いていても、接点が少ないとイメージしにくいです。実際に製薬会社での業務経験が長い人でも、薬事担当者がどのような仕事をしているのかわからないことが多いのも事実です。
ここでは、医薬品開発における薬事部門の仕事内容について紹介します。そして、薬事業務未経験から転職を成功させるための、求人の探し方についても説明します。
もくじ
医薬品開発における薬事の仕事内容
薬事部門の仕事内容は、一言でいうと「新薬の承認申請のための、当局との窓口役」です。当局とは、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のことです。
会社によっては、薬事のことを「開発薬事」「薬事職」と呼び、名称が異なることが多いですが、すべて同じ職種を指しています。
医薬品を製造発売するためには、PMDAに承認申請書類を提出しなければなりません。この書類を提出することを、薬事申請と呼びます。
その後、審査を受けて承認されれば、医薬品として製造発売することができるようになります。このとき、PMDAとのやりとりを行うのが、薬事の担当者です。下に、薬事担当者とPMDAの仕事の流れを示しています。
実際の求人を下に示します。この求人は、バイオ医薬品の研究開発に強みがある中外製薬株式会社のものです。
ここで挙げられている仕事内容について、具体的に解説していきます。
新薬の申請準備
薬事担当者は、PMDAとやり取りをすることだけが仕事ではありません。新薬の承認申請に向けて、自社内のそれぞれの部署とのやり取りも必要になります。
例えば、新薬を申請するときには、臨床試験を必ず実施しなければなりません。そして、臨床試験を実施するときには、多くの試験項目を決める必要があります。試験項目の一部が、下の内容です。
- 被験者の年齢(例:35歳~50歳)
- 被験者数(例:実薬:50人、偽薬:50人)
- 試験期間(例:18ヵ月)
これらの項目を適切に決めなければ、承認申請をしても承認を受けることができません。
薬事担当者は、承認申請の専門家です。そのため、承認申請を受けるための臨床試験や非臨床試験の試験内容を、試験担当者と議論することも仕事内容に含まれます。
PMDAに新薬開発の治験相談をする
薬事担当者は、新薬の承認申請のときに中心的に働きます。しかし薬事担当者は、承認申請に関わるすべての項目について、知識や経験があるわけではありません。
例えば、糖尿病治療薬を主に製造販売している製薬会社が、新たに肺がん治療薬の承認申請を受ける場合を考えます。糖尿病と肺がんは、医学の知識がない人が考えてもわかるほど、全く違う病気です。
そのため、臨床試験の条件も異なります。試験期間はどのくらいが適切か、被験者の年齢はどのくらいが適切か、比較対象薬はどの薬が適切かなど、経験がない疾患の臨床試験を実施するときには、わからないことだらけです。
そのようなときは、薬事担当者がPMDAに対して、どのような臨床試験の条件を設定すればよいかを相談できるようになっています。
引用:RS戦略相談の概要より
薬事担当者がPMDAを訪問して、承認申請に関わる質問をすることができます。質問には無料でできるものと、内容によっては有料になるものもあります。そのため、質問内容も精査しなければなりません。
そして、PMDAに相談をして、もらった返答内容は社内に正確に伝達する必要があります。PMDAの意図を担当者に正確に伝えなければ、せっかく試験を実施しても、あとで条件を見直す必要が出てきます。
このように薬事担当者は、PMDAに承認申請に関する相談をし、その返答内容を自社に伝達することが仕事内容です。
新薬の審査対応
承認申請書類をPMDAに提出すると、それで薬事の仕事が終わりではありません。PMDAでの審査は、1年~2年の期間をかけて行われます。
その間、提出した書類に関するさまざまな質問が製薬会社には送られてきます。それらを受ける窓口も薬事担当者が担います。
このように薬事担当者は、新薬の承認申請を受けるすべての段階で、PMDAとのやり取りの窓口として働くことになります。
新薬の承認申請に最前線で関われることが仕事のやりがい
薬事担当者は、薬事申請業務をとりまとめ、確実に製造販売承認を受けられるように手続きを行う必要があります。承認申請の手続きは、医薬品の開発の最終段階です。
そして、承認を受けることができたときは、それまで行ってきた業務が報われる瞬間です。その瞬間に立ち会えることが、薬事の仕事のやりがいと言えるでしょう。
薬事の求人の就職先
では、薬事担当者として働くためには、どのような会社に就職する必要があるのでしょうか。
承認申請書類は、新薬を発売するために必要なものです。つまり、新薬の研究開発・販売を行っている製薬会社に就職することで、薬事の仕事に携わることができます。
また、新薬の研究や開発は、製薬会社ですべての業務を行うことはほとんどありません。業務の一部を外部企業にアウトソーシングすることが増えています。
このときに製薬企業から業務を受託するのがCRO(医薬品開発業務受託機関)です。そして、製薬会社によっては、薬事業務をCROに委託していることもあります。したがって、CROに就職することで、薬事業務に携わることができます。
しかし、これらの企業に未経験者が就職しようとするときには、注意しなければならないことがあります。
薬事の求人は、未経験者を対象としている求人が少ない
転職サイトで「薬事」のキーワードで検索すると、多くの求人がヒットします。例えば、大手転職サイトのdodaは、「薬事」で検索すると400件以上の求人がヒットします。
このなかには、CRAの求人や、医療機器の薬事に関する求人など、あなた希望しているものではないものも多く含まれます。そして、医薬品の薬事担当者を募集している求人は、ほとんどが未経験者を対象としていません。
下に、実際の求人例を2例示します。1例目は、会社名は非公開ですが、東京都にある製薬メーカーの求人です。この求人の「応募資格」の欄には、開発薬事の業務を3年以上経験していることが必須条件の1つに挙げられています。
なお、「規制当局で新薬承認審査経験のある方」というのは、PMDAで審査経験がある人を指します。もちろん、PMDAでの審査経験があれば、この求人にエントリーできますが、そのような経験がある人はほとんどいません。
2例目は、CROの株式会社アスパークメディカルの求人です。この求人でも、薬事部門での業務経験が必須条件に挙げられています。
このように、薬事の求人では、経験者が対象となっている求人が多いです。では、未経験者が薬事業務に携わるためには、どのような求人を探すのがよいでしょうか。
未経験から転職するなら、CMC薬事
薬事の仕事は、当局との窓口役ですが、その仕事内容は会社によっては細分化されています。細分化されている薬事の1つが、CMC薬事です。
CMCとは、Chemistry(化学)、Manufacturing(製造)、Control(品質管理)の頭文字をとった略語です。具体的には、CMCは製剤研究、プロセス研究、分析研究に関するパートです。
薬事のなかでも、CMC薬事は未経験者を募集している求人があります。下に示すのは、製薬会社の求人で、未経験者も応募可能なものです。この求人の「応募資格」の欄には、CMC開発や製剤分析の経験があれば応募できることが記されています。
この求人で挙げられているCMC開発や製剤分析の経験には、錠剤の製剤化の研究、工場で製造するための合成プロセスの開発、分析条件の検討などが含まれます。例えば、以下のようなHPLCを用いて分析条件の検討経験があれば、このような求人にエントリーできます。
CMC薬事は、CMCの研究段階から承認申請のすべての工程に関与します。そのため、承認申請に必要な書類のCMCパートの作成や、CMCパートの開発戦略を提案することもCMC薬事の仕事に含まれます。
したがって、CMCに携わったことがあれば、CMC薬事の担当者との関わりがあるので、仕事内容の把握もできている可能性があります。
そして、CMC薬事を経験すれば、将来的には薬事業務全般に関わることができます。下に示しているのは、CMC薬事の経験を活かして薬事に転職できる求人です。
このように、未経験から薬事に転職するときには、まずはCMC薬事に転職することで、薬事担当者としてのキャリアパスを描きやすくなります。
薬事に転職するときに必要な経験、スキル、資格
前の章でも紹介したように、CMC薬事の求人であれば、未経験者でも採用される可能性があります。そして、CMC薬事は、CMCに関連する業務の経験があればエントリーできます。
では、薬事に転職するためには、ほかにどのようなスキルや資格が求められるのでしょうか。
英語力は必須のスキル
日本国内で使用されている医薬品は、すべてが国内の製薬会社で開発されたものではありません。海外で開発された医薬品が、日本での製造販売承認を取得して、日本国内で使用されていることもあります。
例えば、下に示すノルバスク錠は、外資系製薬会社のファイザー株式会社で開発された血圧降下薬です。ノルバスク錠は、日本で使用される前に、アメリカ、英国などの海外の国で製造販売の承認を取得していました。そのためノルバスク錠は、現在でも日本以外の国でも使用されている血圧降下薬です。
引用:Buy Norvasc Amlodipine 5mg in USAより
逆に、日本の製薬会社で開発された医薬品が、日本国内だけでなく、海外でも使用されることは珍しくありません。そのような場合は、新薬の承認申請をするときには、日本以外の国での承認申請も同時並行で行うこともあります。
そして、海外の当局に承認申請を受けるときには、海外の関連会社の薬事担当者とのやり取りが必要になります。そのときのメールやテレビ電話のやり取りは、基本的には英語で行われます。
このような背景から、実際の求人でも高い英語力が必須条件として挙げられているものが多いです。下に示す求人は、会社名は非公開ですが、CMC薬事を募集しているものです。
臨床試験は、日本国内だけでなく、海外でも同時に行われるグローバル試験が増えています。そのため、今後も英語力の必要性は増していくでしょう。
このように、薬事担当者として働くためには、英語力は必須のスキルです。
薬剤師などの医療系の資格はなくてもよい
薬事では、これらの医療従事者資格(薬剤師、看護師、臨床検査技師など)が求人票に挙げられていることは、ほぼありません。その理由は、薬事の仕事内容が関連しています。
薬事担当者は、新薬の承認を受けるためにPMDAとやりとりをします。そのときのやりとりの内容は「この臨床試験の内容で、承認を受けられるか」「臨床試験のスケジュールは問題ないか」などです。つまり、医学や薬学の知識よりも、承認申請に関するルールや法律(薬事法)の知識が求められます。
もちろん、医薬品候補化合物の情報を取り扱うので、薬の知識があって困ることはありません。しかし、医学や薬学の知識がなくても、十分に活躍できる職種であることを覚えておきましょう。
転職サイトを活用して成功させる
ここまで、紹介してきてわかるように、未経験から薬事に転職するのは狭き門です。CMC薬事を募集している求人もありますが、会社によっては、薬事の業務を細分化していない会社もあります。
そのため、あなたが転職できる求人を効率的に見つけるためには、転職サイトを活用することが必須になります。その理由は、エージェントサービスを受けることで、非公開求人を紹介してもらえるからです。
実は、転職サイトで公開されている求人は、転職サイトの運営会社が保有している求人の10%~20%と言われています。大手転職サイトのdodaでは、取り扱っている求人の80%~90%が非公開求人であることが紹介されています。
引用:非公開求人に天職あり!転職ならdoda(デューダ)を改変
納得できる転職を成功させるためには、エージェントサービスを受けることで、少しでも多くの求人から転職先を選択することが大切です。
まとめ
ここでは、未経験から医薬品開発の薬事への転職するときの求人の探し方と、薬事の仕事内容を紹介しました。
薬事の仕事は、主に当局との窓口役です。薬事担当者は、承認申請書類の準備、作成、提出において、当局とのやり取りを行います。
薬事に携わるためには、製薬会社かCROに就職しなければなりません。しかし、いずれにしても、未経験者が薬事に転職するのは難しいです。
未経験から応募できる求人は、薬事のなかのCMC薬事です。会社によっては、薬事の業務が細分化されています。
薬事に転職するためには、英語力は必須のスキルです。なお、ほかの開発職と異なり、医療従事者の資格が歓迎条件に挙げられている求人は少ないです。薬事の仕事で求められるのは、承認申請に関連するルールや法律(薬事法)の知識です。
そして、未経験から薬事に転職するときには、転職サイトを活用することをおすすめします。エージェントサービスを通じて、多くの非公開求人を紹介してもらうことで、納得できる転職を成功させましょう。
研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。
一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。
ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。
これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。