製薬会社は医薬品の研究、開発、製造、販売を行っています。これらの製薬会社の活動のなかで、最もイメージしやすいのは「研究」ではないでしょうか。
これまで治療薬がなかった疾患に対する画期的な新薬が発売になると、ニュースで取り上げられることがあります。
私は薬学部出身ですが、同期のなかにも「製薬会社に入社して、新薬を作りたい」と志していた人は多かったです。
ここでは、製薬会社のなかでも、創薬化学の研究職に転職するときに求められるスキル、求人の探し方などについて説明します。
もくじ
製薬会社の創薬化学の分野に研究職で転職する方法
1つの医薬品には多くの種類の成分が含まれています。甘みをつける目的で添加される甘味料や、錠剤にするために嵩(かさ)を増す目的で添加する賦形剤なども含みます。
そのなかでも、実際に効果を示す有効成分を研究開発するためには、新規化合物を創出しなければなりません。
創薬化学の研究職が行うことは、この新規化合物の創出です。この化合物は、基本的にはこれまで誰も作ったことがない構造を有しています。
続いて、新規化合物を創出するために必要なスキルについて説明します。
製薬会社の創薬化学分野で求められるスキル
新薬の候補となる化合物を作るためには、有機化学の知識や合成のスキルが必須になります。まずは、具体的にどのような知識やスキルが必要になるのでしょうか。
・薬物動態や毒性を意識した分子設計ができる
製薬会社で合成する化合物は、何でもいいわけではありません。最終的には、医薬品として売り出せるようなものを合成する必要があります。ここに、研究職の難しさと醍醐味があります。
薬は人間が使用します(動物用の医薬品を除く)。そして、ほとんどの薬は口から飲み、小腸から体内に吸収されて効果を示します。
ここで、血管を広げることで血圧を下げる薬(降圧薬)を研究開発する場合を例に考えてみましょう。
降圧薬は体内に吸収されて、血管に作用することで効果を示します。このとき、口から飲んだ薬が体内に吸収されないと、期待していた効果は発揮されません。
また、薬は体にとっては異物です。そのため、体内に吸収されてもすぐに分解されたり、尿として排泄されたりしても、効果が現れません。
逆に体内に残存しすぎると、予想もしなかった副作用が現れることもあります。
このときの吸収、分解、代謝などを薬物動態といいます。
医薬品を開発するためには、薬物動態を考慮して分子設計をする必要があります。
化合物は構造が少し違うだけで、薬物動態に大きく影響することは普通です。例えば、i-PrO基をBuO基に変えただけで、動物実験での吸収率が劇的に改善した例などもあります。
このように、医薬品を研究開発するときは、薬物動態を意識して、in vitroだけでなく、in vivoでも効果を示すような分子デザインをする必要があります。
また、人に対して毒性を示しやすい構造は避ける必要があります。
毒性を示す骨格で有名なものに、ダイオキシン類があります。ダイオキシン類は、ゴミが不完全燃焼することで発生する物質で、発がん性を有することが知られています。
ダイオキシン類のなかで、代表的な化合物がTCDDとTCDFです。下に構造式を示します。
ここで、下に示すような構造の化合物Aと化合物Bを合成して、仮にこれらの化合物に動物実験で血糖値を下げる作用が認められたとします。TCDD、TCDFとの違いは、いずれも2つのメチル基の有無です。
さて、これらの化合物Aと化合物Bは医薬品になるでしょうか。おそらく多くの人は、医薬品にはならないと考えるでしょう。
その理由は、ダイオキシン類と構造が類似しているので、ダイオキシン類と同じような毒性が現れるのではないかと推測されるためです。
このように、構造によっては毒性を示しやすいものもあります。医薬品の候補物質を分子デザインするときは、このような毒性を示しやすい構造を避ける必要があります。
続いて、実際の求人情報を見てみましょう。下の求人は、主に皮膚科領域の医薬品を研究開発しているマルホ株式会社のものです。
この求人で採用されると、京都の研究所で仕事に従事することになります。この求人の「応募資格」の欄が以下の通りです。
製薬会社で合成する化合物は、医薬品の候補化合物です。したがって、「医薬品になりそうな構造の化合物」を作る必要があります。
医薬品になる可能性がある化合物を分子デザインするときに、薬物動態や毒性を意識することは大切なことです。
製薬会社の創薬化学の部門に研究職で転職するのであれば、これらの知識が求められます。
・さまざまな有機合成の知識や経験
合成する化合物の分子設計ができると、実際に合成して、活性を有するかを評価する必要があります。この「合成」の過程では、有機化学の知識、経験が必要になります。
分子デザインした化合物の合成ルートを考えるときは、逆合成解析をして、原料や用いる試薬を決定します。逆合成解析を行うときには、有機化学の知識や、実際の有機合成の経験をフル活用します。
1つでも多くの反応を知っていれば、合成ルートの選択肢が増えます。例えば、保護基の種類や、ワンポット合成などです。
合成の知識・経験が多いほど、同じ分子を合成するとしても、より安い原料で、より効率的な合成ルートを提示しやすくなります。
また、分子デザインの時点で、合成できないような構造のものを提案することも避けることができます。
実際の求人例を示します。この会社はカメラの業界で実績があり、医薬品開発も行っている富士フイルム株式会社です。
この求人情報の「対象となる方」の欄を以下に示します。
このような求人に応募するためには、有機合成にある程度の期間従事し、豊富な知識や経験を有している必要があります。
・製造化に向けたプロセス検討に携わることもある
合成した化合物に活性があると、最終的には医薬品になる可能性があるといえます。
そして、医薬品として製造されるときは、ラボで行うようなmgスケールの合成ではなく、プラントで下に示すような1,000L以上の大きさの釜を使用して大量合成されます。
引用:ライトケミカル工業株式会社 反応釜より
プラントで製造するときは、ただ化合物ができればよいのではなく、以下の点を突き詰めて考える必要があります。
- 収率
- 原料の価格
- 工程数
- 反応時間の長さ
- 反応の安全性
当然、収率は高ければ高い方がよいです。また、原料の価格が安いほど、最終的に医薬品の原価が安くなります。
工程数が多いと、それだけ分液、移送などの手間がかかるので、工程数は少ないほどよいです。ラボスケールではすぐに終わる操作も、1,000L以上の規模の釜になると時間がかかります。
反応時間も短い方が、最終的に製品ができるまでの時間が短くなります。一定期間に製造できる量が増えるので、最終的に原価を下げることに繋がります。
反応の安全性も重要です。例えば、反応液に空気中の水分が入っただけで爆発が起きる可能性があるような反応と、通常の空気が反応液に混ざっても全く問題ない反応では、どちらが製造に適しているでしょうか。考えるまでもなく、後者の方が製造に適した反応と言えます。
これらの要素について検討し、少しでも安く、安全に製造するルートに変えていくことをプロセス検討といいます。利益を少しでも多くするためには、プロセス検討は必要不可欠です。
創薬化学の研究職が行うことは、基本的には新規生理活性物質の創出ですが、次のステップであるプロセス検討まで行うこともあります。
プロセス検討を行う場合は、求人情報にもその旨が記載されています。下に実際の求人情報を示しています。
この求人情報は、さきほど紹介した富士フイルムのものです。求人情報の「募集要項」の欄を示します。
このように、活性を有していて、医薬品の候補となっている化合物は、製造を見据えた合成ルートを検討する必要があります。
そのときに必要になるのも、幅広い有機化学の知識や、有機合成の経験です。これらを活かして、製造に向けて合成ルートを最適化していきます。
同業種からのキャリア採用が多い
ここまで説明したように、創薬化学の研究職として働くためには、多くの知識や経験が必要になります。そのため、過去に同業種で働いていることが条件になることが多いです。
下の求人は、創薬研究を行っているAxcelead Drug Discovery Partnersのものです。
この求人では、5年以上の創薬合成研究の経験と実績が求められています。
また、さきほど紹介したマルホ株式会社の求人の「応募資格」の欄には以下のように記載されています。
どちらの求人も、ある程度長い期間創薬研究に従事していることを求めています。
1.1で示したように、製薬会社で創薬化学に携わるときには、有機化学の知識だけでなく、薬物動態や毒性に関する知識も必要になります。
同じ業界で働いている人は、これらの知識が身に付いている可能性が高いです。そのため、募集をかける企業は、創薬化学に従事している人を求めるのです。
有機合成のなかでも、特定の分野に絞った求人もある
有機合成のなかでも、特定の分野の合成経験を求められることがあります。
下の求人は、さきほど紹介したAxcelead Drug Discovery Partnersのものです。この求人では、ペプチド合成の経験を求められます。
ペプチドの合成には、一般的な有機合成化学の手法を用いることはまれで、ほとんどが固相合成法で合成されます。固相合成法にも有機化学の知識は必要ですが、実際に固相合成法の経験がない人がいきなり行うのは難しいです。
どの保護基を選択するか(BocかFmocか)、精製方法の選択(HPLCかイオン交換クロマトグラフィーか)などを考慮する必要があります。これは、一般的な有機合成の経験だけでは行うことができません。
続いて次の求人は、日系大手製薬メーカーのものです。この求人では、以下のように核酸医薬の合成経験が必要になります。
核酸医薬でもペプチド合成と同じように、固相合成法を用いるのが一般的です。
これらのように、多くの人が知っている一般的な有機合成ではなく、特殊な手法による有機合成の経験が求められる求人もあります。
英語力を求めている求人は多い
創薬化学の研究職に転職するときは、有機化学の知識や経験は必須です。では、そのほかに求められる資格や経験はあるのでしょうか。
まず、資格については求められることはありません。ラボで有機合成を行うのに資格は必要ありません。
そのほかに求められるものでは、高い英語力が求められる求人が多いです。
製薬会社の創薬研究は、単一の会社の1つの部署だけで完結するようなものではありません。海外の関連会社と共同研究を行っていることも珍しくないです。
そのような場合、海外の関連会社と会議をしたり、現地へ出張したりする必要があります。このようなときに、英語力が必要となります。
下に、実際の求人例を2例紹介します。1例目は、1.1で紹介したマルホ株式会社の求人です。求人情報の「応募資格」の欄を載せています。
英語で研究についてディスカッションができるレベルは、高い英語力のレベルといえるでしょう。目安としては、TOIEC600点以上と記載されています。
2例目は、1.3で紹介した日系大手製薬メーカーの求人です。この求人の「応募資格」の欄に、英語力が必須であることが記載されています。
この企業では、海外の提携先とのメールのやり取りや、電話会議で英語が必要になります。
これらの求人以外でも、研究職で英語力を求められる求人は多いです。逆に、求人情報に明記されていなくても、英語力がある人は自信をもってアピールしてもよいでしょう。
未経験から創薬化学に挑戦するなら、派遣会社に就職するのがよい
製薬会社の創薬化学の求人では、一般的な有機化学の知識だけでなく、特殊な有機合成の手法の経験が求められることを説明しました。
では、有機合成が未経験の人が、製薬会社で創薬化学に携わることはできるのでしょうか。結論を言うと、まず無理です。
私は学生時代、新規生理活性物質の創出を行っていました。そのときに実際合成した化合物の合成ルートの一部を下に示しています。
このような反応式を見たときに、どのような機序で反応が進み、どのような副生成物ができるかを予想できなければなりません。
有機化学の知識は、少し教科書を勉強して身に付くようなものではありません。
また、紙の上では理解できても、実際に合成ができるかは別問題です。試薬を入れる順番や、発熱の有無なども考慮する必要があり、かなりの経験が必要になります。
では、未経験の人が創薬に携わることができないかというと、実は方法があります。それは派遣会社に就職する方法です。
派遣会社の求人例を示します。この会社は、化学・バイオ分野を中心に研究開発支援を行っている株式会社テクノプロです。
派遣会社は多くの企業や研究機関に社員を派遣します。そしてその分野は以下のように多岐にわたり、そのなかに化学系の仕事もあります。
実際に派遣会社の方にインタビューをすると、以下のような話をしてくださいました。
数は多くないですが、未経験から新しい分野に挑戦する人もいます。その場合は、派遣先の会社が、未経験でも受け入れることを了承した上での派遣になります。
そして、最初は基礎からじっくりと指導してもらい、経験を積んでいくことになります。
このように、未経験の人でも、派遣会社に就職し、製薬会社の研究職として派遣されることで、創薬に携わることができます。
ただし、先ほど紹介したような反応式を日常的に見ることになります。そのため、勉強や実験をかなり頑張らなければならないことを知っておく必要があります。
創薬化学(有機合成系)に関わる求人はバイオ系と比べると多くない
実は創薬化学のなかでも、有機合成に関わる求人は、製薬会社の求人の中では多くありません。
下に、転職サイトのDodaで「創薬 化学」「創薬 バイオ」で検索した結果のヒット数を示します。
求人情報のどこかにこれらの言葉が記載されていると検索でヒットします。そのため、「ヒット数=求人数」ではありませんが、バイオに関する求人の方が多いのはわかると思います。
この理由としては、近年ではiPS細胞や生物学的製剤の研究開発が盛んに行われるようになり、有機合成ではなく、バイオ系の研究者を求める傾向があるためです。これは、転職エージェントAnswersの方が教えてくれました。
また、製薬会社のなかには、有機合成系の研究者の早期退職を募集している会社もあります。
そのため、創薬化学の研究職への転職は、狭き門と言えるでしょう。
転職サイトを複数利用したり、転職エージェントを利用したりするとよい
創薬化学の研究職へ転職するためには、少しでも多くの求人に触れるために工夫するがあります。そのためには、複数の転職サイトを利用するとよいです。
1つの転職サイトだけでは、掲載されている求人情報の数に限りがあります。別の転職サイトを見ると、見たこともない求人が掲載されていることは普通にあります。
そのため、転職サイトは複数利用することが基本になります。
また、転職エージェントを活用すると、より選択肢を広げることができます。なぜなら、インターネット上には公開されていない非公開の求人を紹介してくれるからです。
あなたの経歴と希望する職種、年収などを転職エージェントの担当者に伝えると、その条件に合った求人を紹介してくれます。このときの求人は、インターネット上で検索しても見つからないもの(非公開求人)も多いです。
そして、転職エージェントを利用すると、応募や給与面の調整も転職エージェントが、あなたに代わってやってくれます。また、その会社で行う具体的な仕事内容や、社内の雰囲気なども教えてくれます。
あなたが現在働いているのであれば、自分で求人を探すのは大変ではないでしょうか。
そして、転職を希望する会社の情報は、基本的にはインターネットで調べるくらいしか情報源がありません。これらを転職エージェントは助けてくれます。
納得して転職するためにも、転職エージェントの利用も検討しましょう。
まとめ
ここでは、製薬会社のなかでも、創薬化学の研究職に転職するときに求められるスキル、求人の探し方などについて解説しました。
就職すると主に有機合成を行うことになるので、有機化学の知識や有機合成の経験は必須です。幅広い有機合成の知識や経験だけでなく、薬物動態や毒性を意識した分子設計、固相合成法などの特殊な合成法の経験も求められることがあります。
また、研究職の求人では英語力が求められるものも多いです。
もしあなたが未経験から製薬会社の研究職に転職しようとしているのであれば、製薬会社ではなく派遣会社に入社するとよいです。
そして、創薬化学の研究職の求人数は多くありません。そのため、転職サイトを複数利用したり、転職エージェントを活用したりして、転職活動を行う必要があります。
研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。
一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。
ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。
これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。