「画期的な薬の研究がしたい」「自分のアイデアを活かして新しい技術を開発したい」と考えている人のなかには、ベンチャー企業に就職したいと考える人もいます。

新薬の研究開発を行う製薬会社に転職する場合と比べて、ベンチャー企業に転職するときには事前に把握しておかなければならないことがあります。何も考えずに条件面だけをみて転職してしまうと、不幸な転職になる可能性が高いです。

製薬ベンチャー企業の多くは、バイオテクノロジーを活用して医薬品の研究開発を行うバイオベンチャー企業です。バイオテクノロジーと一言でいっても、取り扱うものはDNA、RNA、核酸など幅広いです。

ここでは、製薬ベンチャー企業のなかでもバイオベンチャー企業を中心に、転職するときに求められるもの、注意点について解説します。

バイオベンチャー企業の求人の特徴

ベンチャー企業の明確な定義は定められていませんが、一般的には「新たなビジネスを育てている段階で、成長過程にある企業」を指します。特に製薬業界のベンチャー企業は自社製品をもっていないことが多く、資金面の余裕がないので、投資機関から資金援助を受けている企業がほとんどです。

このようなベンチャー企業の求人には、製薬会社の求人とは異なる特徴があります。これらの特徴を把握しておくことで、転職の失敗や転職後の後悔を避けることができます。

ほとんどがキャリア採用で、業務未経験者の転職は難しい

最初の特徴は、ベンチャー企業は業務経験が求められることが挙げられます。この点については製薬会社でも同様に業務経験が必須条件に挙げられていることが多いですが、ベンチャー企業の方がより顕著です。

下に示す求人は、京都大学のiPS細胞研究所から生まれたベンチャー企業のものです。この企業では人工RNA分子によるプラットフォーム技術により、再生細胞医薬品の精製や創薬事業を行っています。

そして、この求人の「求める人材」の欄には、製薬企業や研究機関での業務経験が必須条件に挙げられています。

業務経験が求められる理由の1つには、ベンチャー企業には従業員数が少ないことが挙げられます。さきほどの企業は企業名が非公開ですが、求人票の企業情報の欄には従業員数は4名と記載されています。

これは会社全体で従業員数が4名ということです。1つの部署で4名ではありません。そのため、入社後に先輩社員や上司が丁寧に指導できる状況ではありません。

ある程度の従業員数がいる企業であれば、業務未経験者が中途で採用されても教育のために人員を割くことができます。しかし、この企業のように従業員数が少ないと、基本的な作業から指導することは難しいです。

また、ベンチャー企業には毎年新卒が入社するわけではありません。そのため、教育制度も充実していないことも多く、中途採用の場合はキャリア採用が基本になります。

このようなことから、ベンチャー企業では即戦力となる業務経験が必須条件に挙げられていることが多いです。

研究職以外にも、知財部や臨床開発職の求人もある

医薬品を世に送り出すためにやるべきことは決められています。基礎研究から始まり、細胞や動物を用いた実験を経て、最終的には臨床試験を行い厚生労働省に薬事申請を行います。新規の技術は特許を取得して権利化し、新製品ができれば営業活動をする必要があります。これらのプロセスは、バイオベンチャー企業であっても大手製薬会社であっても同じです。

つまり、バイオベンチャー企業で行う仕事の内容は、製薬会社と作業自体は同じです。この点は、研究職や開発職に限らず、あらゆる職種に共通です。

実際にバイオベンチャー企業の求人例をいくつか紹介します。まず1例目は、東京都にあるがん治療薬の研究開発を行っているバイオベンチャー企業です。この求人では、知財(知的財産)業務の担当者を募集しています。

製薬会社の知財部は、下図のような特許明細書を作成・出願したり、他社の特許取得状況の調査を行ったりすることが主な仕事です。

バイオベンチャー企業は会社規模が小さいことがほとんどで、法務部が行う係争対応を知財部が行うこともあります。この求人では、知財部の仕事と法務部の仕事を担当することになり、その業務内容は製薬会社と同じです。

続いて2例目は、再生医療の事業を手掛けるバイオベンチャー企業の求人です。この求人では、品質管理の担当者を募集しています。

この求人の「応募資格」の欄では、医薬品、食品、化粧品業界のいずれかで品質管理業務か分析業務の経験が必須条件に挙げられています。つまり、これらの会社での業務内容と、バイオベンチャー企業での業務内容は似ていて、品質管理の業務経験を活かすことができることを表しています。

この2例の求人以外にも、ベンチャー企業には品質保証、非臨床試験、営業職(MR)など、製薬会社と同様の求人があります。つまり、ベンチャー企業に就職しても製薬会社に就職しても、仕事内容は同じと考えてください。

ベンチャー企業では専門の仕事以外も担当する

製薬会社の仕事は、専門ごとに細分化されています。特に大手企業になれば、同じ職種でも担当が細かく分けられています。

しかし、ベンチャー企業では前の項で紹介したように、従業員数が少ないです。そのため、大手製薬会社のように仕事を職種ごとに細分化することができません。

実際の求人例を下に示します。この企業は東京大学発のベンチャー企業で、マイクロバイオーム(ヒトの細菌叢)解析や核酸医薬品による創薬事業を展開しています。この求人の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。

この求人では、非臨床試験に関わるほぼすべての業務を担当することになります。具体的には薬理試験、薬物動態試験、毒性試験の計画、CROへの依頼、薬事申請資料の作成です。

製薬会社でも同じ業務を行いますが、それぞれ担当者がいるので、業務を掛け持ちすることはありません。募集をかけるときも、それぞれの職種ごとに募集します。

さきほどの業務のなかで、非臨床試験の組み立て、企画は研究職に分類されます。そして、CROへの依頼と薬事申請資料の作成は臨床開発職に分類されます。つまり、製薬会社でははっきりと担当が分かれる仕事であっても、ベンチャー企業では同じ人が担当することもあります。

なお、さきほど紹介したベンチャー企業の従業員数は9名です。9名しかいなければ、業務を細分化することは難しいです。この求人票には、会社の環境について以下のように記載されています。

ベンチャー企業は従業員数が少ないので、専門分野の仕事以外も担当することが多く、柔軟に対応できることが求められます。

起業直後は会社規模が小さく、転勤はほとんどない

ベンチャー企業の従業員数が少ないことは、ここまで紹介してきた企業をみればわかると思います。スタートアップ直後の会社は、従業員数が10人にも満たない会社も珍しくありません。

そして、従業員数が少ないということは、オフィス・事業所は1カ所に集約されていることが多く、転勤になることは基本的にはありません。

下に紹介する創薬ベンチャー企業は、がんに対する免疫治療薬の研究開発を行っています。従業員数が100人以下であり、求人票には「転勤無し」と示されています。ほかのベンチャー企業の求人も、ほとんどが「転勤無し」と表記されています。

大手の製薬会社であれば、転勤を命じられることは珍しくありません。製薬会社で働く私の友人には、研究職で働いていて大阪から東京に転勤になった人や、研究所から知財部門に異動になって大阪から東京本社に転勤になった人もいます。

会社の規模が大きくなり、複数の開発パイプラインを抱えるようになると、複数の事業所や工場での勤務を命じられることもあります。

ただ、ほとんどのベンチャー企業は従業員数が少ないため、オフィスや研究所が全国各地にあるわけではありません。そのため、ほとんどの会社で転勤はないと考えてよいです。

創薬ベンチャー企業への転職で失敗を防ぐための注意点

では、業務経験があり、転勤がないことに魅力を感じている人は、誰でもベンチャー企業に転職して満足できるのでしょうか。

実は、ベンチャー企業への転職では注意しておかなければならないことがあります。これらを認識しておかなければ、不幸な転職になってしまいます。

年収は会社によって大きく異なる

「ベンチャー企業は年収が高い」という噂を聞いたことがないでしょうか? 私は学生時代や就職して間もないころに、このような噂を聞いたことがあります。

たしかにベンチャー企業は従業員数が少ないので、利益が出れば一人当たりの給料は多く支給されても不思議ではありません。しかし、実態はそうではないので注意しなければなりません。

ここまで紹介してきた求人と次の章で紹介する株式会社LTTバイオファーマの提示年収をまとめたものが下の表です。なお、第1章第2項で紹介した企業は、求人票に「面談時にお伝えします」と記載されており、詳細は不明でした。

会社名 仕事内容 提示年収
非公開 スクリーニングから動物実験まで 600万円~800万円
非公開 知財 500万円~800万円
非公開 品質管理 500万円~600万円
非公開 薬理試験 600万円~950万円
(株)LTTバイオファーマ 臨床開発全般 480万円~720万円

会社によって提示年収は異なりますが、LTTバイオファーマの提示年収の最低額は480万円です。最高額とは1.5倍の違いがあり、あなたの経験値によってはもらえる給料が期待した額よりも低くなってしまう可能性があります。

私の友人で、製薬ベンチャー企業で働いたことがある人に話を訊くと、以下のような話をしてくれました。

ベンチャー企業と製薬会社では、給料はほとんど変わらない。あまり年収をもらえない人は、ベンチャー企業の方が給料が安いこともある。

大手製薬会社であれば、平均年収は1000万円を超えます。すべての職種の年収が高いわけではありませんが、上の表で紹介した求人の年収の方が製薬会社の求人と比べてやや低いことはわかります。

このように、高年収を求めてベンチャー企業に転職することはおすすめできません。

福利厚生は製薬企業に比べると見劣りする

ベンチャー企業も、福利厚生は整備されています。しかし、ベンチャー企業の福利厚生の内容は製薬会社と比べると見劣りしてしまいます。

下に示すのは、第1章第1項で紹介した求人の「待遇・福利厚生」の欄です。保険や年金などの最低限のものは整備されていますが、特別魅力的な内容ではありません。

その一方で、製薬会社の福利厚生は充実しています。下に示すのは、大手製薬会社の求人の「待遇・福利厚生」の欄です。ベンチャー企業と比べて充実していることは明らかです。

例えば、製薬会社の福利厚生で提携しているリゾート施設を安く利用できたり、スポーツジムの会員割引券が支給されたりすることもあります。これらを活用することで仕事以外の時間も充実したものになります。

また、住宅手当(家賃補助)の有無も、最終的な手元に残るお金に大きく影響します。田舎であれば影響は少ないですが、都会であれば家賃が10万円を超えることは普通であり、住宅手当の有無で年間の出費が何十万円も変わってしまいます。

入社前から福利厚生の詳細を確認することは気が引けるかもしれませんが、福利厚生は年収と同様に生活に関わる重要な項目です。

ベンチャー企業は年収だけでなく、待遇・福利厚生も製薬会社で働く場合と比べて充実していないことを認識しておく必要があります。

創薬ベンチャー企業への転職で後悔しないためのポイント

前の章では、年収や福利厚生などの待遇面について紹介しました。これらを把握したうえでベンチャー企業への転職を検討する必要があります。

そして、ベンチャー企業に転職するときには待遇以外にも把握しておくべき内容があります。続いて、転職後に後悔しないためのポイントを紹介します。

リスクを恐れず、自ら考えて課題を解決していくマインドが必要

ここまで紹介してきたように、ベンチャー企業は従業員数が少ないです。そのため、「言われたことをやるだけ」の人はベンチャー企業に向いていません。

ベンチャー企業ではそもそも指示を出してくれる人自体がいない(少ない)ので、課題を自分で解決しようとしなければなりません。

もちろん自分の専門領域の仕事は全うしなければなりませんが、ベンチャー企業では専門外の仕事にも関わることがあります。そのため、常に新しいものを吸収しようとするマインドが求められます。

実際の求人票にも、これらの資質について記載されているものがあります。下に示すのは東京にあるバイオベンチャーである株式会社LTTバイオファーマの求人です。この求人の「対象となる方」の欄には、以下の内容が必須条件として挙げられています。

これらの資質・マインドは、製薬会社で働くときにも必要になります。しかし、言われたことをこなすだけの社員がいても、従業員数が多い会社であれば問題になることは少ないでしょう。

ベンチャー企業でそのような社員が1人でもいると、全体に及ぼす影響が大きくなります。ベンチャー企業では自ら考えて、新しいことを生み出していく姿勢が求められます。

野心のある人がベンチャー企業に向いている

ここまで解説した内容からも、「安定した生活」を求める人はベンチャー企業には向いていません。このことは、ベンチャー企業が製薬会社と比べて年収や福利厚生で見劣りすることからわかると思います。

製薬会社でも「画期的な薬を開発する」とホームページなどでアピールしていることはあります。しかし、現実は研究者の斬新なアイデアがプロジェクトに反映されることは少なく、上司の言われた仕事をこなすことがほとんどです。

製薬ベンチャー企業で働いていた友人に、どのような人がベンチャー企業に向いているかを訊くと、以下のような話をしてくれました。

基本的に製薬会社で働いている人はベンチャー企業に向かないと思う。製薬会社で働く人の多くは安定を求めていると感じる。ベンチャー企業はいつ会社がダメになるかもわからないから、安定とはほど遠く、リスクは高い。

また、基本的には社長や役員の描くビジョンに共感できないといけない。製薬会社もビジョンを掲げているが、現場で働く社員は共感できるかは気にしていない。

ベンチャー企業は従業員数も少なく、社長と接する機会が多い。社長は野心家であることが多いので、その考えについていけないと一緒に働くことはできない。

このように、リスクがあっても、自分のアイデアを活かして研究開発を行いたい人がベンチャー企業に向いているといえます。

まとめ

ここでは、バイオベンチャー企業などの製薬ベンチャー企業の研究職・開発職に転職するときに、失敗を防ぐために認識しておくべきポイントについて解説しました。

ベンチャー企業に転職するためには、募集している職種での業務経験が必須です。そして、転職に成功して働き始めると、専門の職種以外の仕事も兼任することも多いです。

また、従業員数が少なくオフィスは1カ所に集約されていることが多いので、基本的には転勤はありません。

ベンチャー企業のデメリットは「年収は必ずしも高いわけではなく、会社によっては製薬会社よりも低いこと」です。福利厚生も製薬会社と比べると見劣りしてしまいます。

ベンチャー企業で働くときには、目の前の課題を解決するために自ら考えて行動するしかありません。熱い気持ちがあり、野心がある人がベンチャー企業で働くのに向いている人といえます。

このようなベンチャー企業の特徴を把握して転職活動をすることで、転職後の後悔を避けることができます。

研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。

一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。

ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。

これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。