有機合成の研究職として働いているあなたが転職を考える場合、理解しておかなければなかないことがあります。

有機合成と一言で言っても、会社員として行う場合は、学生時代の実験のように研究室で実験をするだけではありません。

そして、有機合成の経験を活かして転職するのであれば、転職の目的や、やりたい仕事内容に合わせて、求人を見極めなければなりません。

具体的には、キャリアアップを狙う場合、有機合成の経験を活かしてさらに仕事の幅を広げる場合などです。

ここでは、有機合成の仕事で身に付けた知識、経験を活かして、どのような転職ができるかについて、具体的な求人例を示して解説します。

有機合成の研究職への転職

有機合成の研究職からのキャリア採用にはどのような求人があるのでしょうか。具体的な求人例を示しながら説明していきます。

製薬会社や化学メーカーに転職する

有機化合物はあなたの身の回りのあらゆるものが該当します。具体例は医薬品、食品添加物、プラスチック製品など、挙げるとキリがありません。

このような製品を作っているのは製薬会社や化学メーカーです。

下の求人は、大阪に本社があるマルホ株式会社の求人です。主に皮膚科の領域の医薬品を研究・製造・販売している製薬会社です。

そして、この求人の仕事内容は創薬研究の実務です。

創薬研究とは、化合物を合成するだけでなく、新規化合物の分子デザインや、合成ルートの検討などもあります。

応募資格には、以下のように創薬研究における幅広い知識が求められています。

薬は効果を有していなければなりませんが、同時に毒性があってもだめです。

また、飲み薬であれば、多くの薬は体の中に吸収されなければ効果を示しません。吸収のされやすさは、脂溶性の指標(CLogPなど)を目安に推測します。

医薬品を作るのであれば、これらを意識しながら分子デザインをしなければなりません。例えば、毒性が現れやすい官能基や、脂溶性が高い骨格などを理解している必要があります。

これまであなたが創薬研究に従事してきたのであれば、このような求人は選択肢になるでしょう。

続いて、東京に本社があるDIC株式会社の求人を紹介します。印刷用インキや樹脂などを開発している会社です。

この会社の求人では、有機化学の知識が求められ、業務内容としてはスケールアップ研究、現場化です。

有機合成に関する研究職であっても、ラボスケールしか経験がなければ、スケールアップ研究や現場化という業務は馴染みがないかもしれません。

続いて、これらについて説明します。

・スケールアップ検討

製造現場に導入する前段階で、ラボで実施するのがスケールアップ検討です。その際には1L~10Lスケールでの検討を行います。実際の実験器具を以下に示します。

引用:株式会社旭製作所 製品紹介より

この反応器は、製造で使用する予定の数千Lの規模のタンクを縮小したものです。この反応器で実験を行うことで、タンクでの反応を小さいスケールで検討できます。

また、数百mLスケールであれば気にならないような現象も、このスケールになると問題になることがあります。

私がかつて、発熱反応を実施したときのエピソードを紹介します。

200mLスケールで実施しているときは、10分くらいで試薬を滴下しました。このときは、少し反応液の温度が上昇する程度で、反応条件の温度範囲を逸脱することはありませんでした。

しかし、5Lの反応容器を使用して実験したときは、滴下を始めると一気に温度が上昇し始めました。温度範囲の逸脱を避けるために滴下の速度を遅くしたところ、滴下するのに4時間くらいかかってしまいました。

このときの原因は、反応液の撹拌効率の違いによるものでした。200mLスケールのときは、反応液全体がしっかりと撹拌されていました。

一方で、5Lスケールの場合は、撹拌翼の形状が異なっており、撹拌の効率が悪かったです。そのため、反応液が効率的に冷却されず、反応による発熱を抑えることができませんでした。

このように、反応のスケールが大きく変わると、挙動が大きく変わることがあります。事前に反応熱などを計算してシミュレーションをしていても、予想通りにならないことは珍しくありません。

最終的な製品は、下に示すような数千Lスケールのタンクで製造します。写真は釜の上の部分を撮ったもので、この床の下に釜は続いています。

引用:ライトケミカル工業株式会社 反応釜より

その前段階として、1L~10Lスケールでの検討を何度も行い、反応時間、発熱の程度、反応による不純物プロファイルへの影響などを調査します。

このような合成研究を繰り返すことが、スケールアップ検討です。

・現場化

工場ではさきほど示した数千Lスケールのタンクで化合物を合成します。研究職の人がスケールアップ検討をした後は、その条件で実際にタンクで製造を行います。

このときに、実際にタンクの操作を行うのはオペレーターです。研究職の人がタンクの操作することはありません。

私が以前働いていた会社では、オペレーターの人は高卒の人がほとんどでした。研修で有機化学や合成化学の勉強は少ししていましたが、大学院卒の研究職の人と比べると当然見劣りします。

逆にオペレーターの人は、タンクの操作に長けています。コックを操作し、タンクからタンクに反応液を輸送する作業を日頃からしています。

そして、研究職が検討した反応条件をタンクで実施するときには、オペレーターの人と協力しながら作業を行います。この作業が現場化です。

このように、有機合成の研究職で身に付けた知識や経験は、スケールアップや現場化で活かすことができます。

派遣会社に正社員として転職する

実は、上記のような製薬会社や化学メーカーの研究職の求人はあまり多くありません。私が働いていた会社でも、研究職は新卒しか採用していませんでした。

さきほど紹介したような求人が見つかればいいですが、なかなか希望と合ったものが見つかりにくいです。

そこで、研究職としての転職先の1つに派遣会社があります。

実際に有機合成での研究職の求人を転職サイトで探すと、派遣会社の求人が多くヒットします。

下に、実際の求人例を示します。この会社は東京に本社があり、関東、関西に限らず全国各地の企業、大学と取引がある株式会社テクノプロです。

このような派遣会社は、扱っている分野は複数あることが多く、テクノプロでは以下のような分野の研究に携わることができます。そのなかに、有機合成も含まれています。

元々特定の企業に入社して研究をしている人にとっては、派遣会社への就職はイメージしにくいかもしれません。そこで、派遣会社に就職した場合の仕事の仕方や雇用形態について解説します。

まず、派遣会社が求人を出しているので、転職した場合は派遣会社の職員になります。そして、その派遣会社が提携している研究機関や企業、派遣会社の研究所で働くことになります。

この雇用形態と働き方の概略図を下に示します。

下は、ある派遣会社の求人情報の一部です。提携している企業、研究機関の所在地が掲載されていましたが、全国各地にあることがわかると思います。

職場がどこになるかは、面接をして決めます。求人によっては、下のようにあらかじめ決められているものもあります。この求人も、派遣会社の求人案件です。

雇用形態は正社員なので、昇給があり、賞与もある求人がほとんどです。雇用期間も無期(期限なし)です。

このように、有機合成の研究に携わっていれば、特定の製薬会社や化学メーカーだけでなく、派遣会社の研究職に転職することができます

キャリアアップの求人は少なく、年収アップは求人による

あなたの職場の管理職は、生え抜きの人が多いのではないでしょうか。生え抜きではないとしても、中途採用の人がいきなり管理職として入ってきたことはないと思います。

このように、管理職として転職するのは非常に難しいです。したがって、管理職としての求人もかなり少ないです

下に、京都府にある岡見化学工業株式会社の求人を載せています。この会社は医薬品原薬、医薬品中間体、治験薬などの受託製造を行っています。

この求人は、赤の下線で示すように「管理職候補」として入社することになります。

そして、以下のように化学工場マネジメント経験が必要となります。

化学工場マネジメントは、有機化学の知識だけではできません。実際にプラントでの製造業務に関わる必要があります。

そして、化学工場ではスケールアップを検討した研究者と、現場のプラントで作業を行うオペレーターが協力して仕事を行います。化学工場のマネジメントでは、これらの職種をうまく束ねてプロジェクトを進めなければなりません。

そのため、有機合成の経験だけでなく、さきほど説明したスケールアップや現場化の経験も身に付いている必要があります。

そして、製造したものは最終的には製品になります。製品がお客さんのもとに届く前には、分析部門や開発部門と関わって仕事をします。

化学工場マネジメントの経験者は、有機合成の経験だけでなく、このような研究開発の経験がある人のことを指します。

この求人では、予定年収は最大で1,000万円弱です。あなたが今、管理職として働いておらず、このような経験があるのであれば、給与アップも狙える求人ではないでしょうか。

製造オペレーターの仕事は研究職ではない

転職サイトで研究職の仕事を探していると、製造オペレーターの求人案件が見つかることがあります。しかし、製造オペレーターの仕事内容は、研究職ではありません

実際の求人例を示します。下の会社は、埼玉県に本社があるタマ化学工業株式会社です。この求人案件の職種は、製造オペレーターです。

製造オペレーターは、製造工場でタンクの操作を行い、実際に化合物を製造する人です。

この仕事に携わるのであれば、もちろん有機化学の知識がある方がよいですが、あまり知識がない人でも仕事ができます。

製造現場でトラブルが起きることはあります。また、収率を改善させるために、合成ルートの検討を行うこともあります。

これらの実験を行うのは、製造オペレーターではなく、研究職の人です。

実際私が働いていた会社の製造オペレーターは、工業高校卒の人が多かったです。なかには管理職の人で、商業高校出身の人もいました。もちろん、みなさん製造オペレーターとしては優秀でした。

製造オペレーターの人は、社内の研修で有機化学の勉強をしていました。しかし、大学で専門的に有機化学を勉強した人に比べると、知識はかなり見劣りするのが実状でした。

このように、製造オペレーターは有機化学を専門で学んでいなくても仕事をすることができます。

もちろん有機化学を専門に勉強してきた人も、製造オペレーターになることはできます。しかし、そのような人は製造オペレーターとしてはオーバースペックと言えます。

求人を探すときの情報源は多い方がよい

転職を考えているとき、情報源は多い方がよいです。転職サイトを利用するのであれば、複数利用するのがよいです。なぜなら、転職サイトによって取り扱っている求人案件が異なるからです。

また、転職サイトだけでなく、実際に企業のホームページを見ると求人があることもあります。

東京に本社があり、福島県いわき市に工場がある有機合成薬品工業株式会社の求人を例に説明します。

3つの転職サイトで会社名を入力して、求人を検索しましたが、下の1件しかありませんでした。業務内容は品質保証です。

そして、この会社のホームページに掲載されている「採用情報」が以下の内容です。このなかの生産技術は、化合物の合成に携わる仕事と思われます。

有機合成関係の研究職の求人は、そこまで多くありません。そのため、求人情報を探すときは、多くの媒体を使用する方が、より多くの求人に触れることができます。

有機合成系の転職で優遇されやすい資格

続いて、有機合成の研究職に転職する場合に優遇される資格について説明します。

危険物取扱者甲種

まず、有機合成をするために必要な資格はありません。学歴も必要ありません。したがって、ラボで有機合成を行うだけであれば、資格を求められることはありません。

しかし、有機合成でもスケールアップに携わるのであれば「危険物取扱者甲種」が求められることがあります。

例えば、以下は富山県に本社がある金剛化学株式会社の求人です。

この会社では、必須条件に危険物取扱者甲種があります。

ラボでスケールアップ検討を行う場合は、使用する試薬の量も多くなります。

消防法で、指定数量(試薬ごとに決められた量)を超える量を貯蔵または取り扱う場合、危険物取扱者の免状を有しているか、同免状を有している者の立会いの下に行わなければなりません。

スケールアップ検討では、実験のスケールが大きくなるので、使用する試薬の量も多くなります。その結果、保管する試薬の量も多くなり、指定数量を超えてしまうことがあります。

私はかつて、化学メーカーの研究職でスケールアップ検討に携わっていました。そして、研究所に配属になるとすぐに危険物取扱者甲種の取得を指示されました。

有機合成の研究職に従事している人は、ほとんどが大学で化学に関する学科を卒業していると思います。甲種資格はこのような学科を卒業していると受験資格があります。

そして、危険物取扱者甲種の難易度はそこまで高くありません。私が以前働いていた会社では、研究職の人は全員取得していました。

このように、スケールアップ検討の仕事に従事する場合は、危険物取扱者甲種が求められることがあります。

英語力も求められる

新卒の採用でも英語力は高く評価される項目の1つです。そして、転職のときでも英語力が求められるものがあります。

以下は、第1章で紹介したマルホ株式会社の求人です。この求人の応募資格の欄には、以下のように語学力が必須と書かれています。

TOEICで600点以上であれば、英語ができるレベルと判断されます。

私が働いていた化学メーカーでも、英語の教育に力を入れていました。毎週英会話の社内研修がありましたし、なかでも優秀な人は社外の個別英会話教室に通っていました。

また、TOIECの点数のように具体的なことが記載されていなくても、英語力があるとプラス評価をされる求人はあります。

以下の求人は、東京に本社がある株式会社メイテックのものです。

この求人の「対象となる方」の欄には、以下のように載っています。

このように、有機合成の研究職に転職するときは、英語力があればプラス評価されると考えてよいでしょう。

有機合成の知識、経験は研究職以外でも活かすことができる

ここまで、有機合成の経験を活かしてキャリア採用される求人を紹介してきました。

有機合成に携わっていると、有機化学の知識だけでなく、分析化学、物理化学などの知識を学ぶことができます。そしてそれらを活かすことで、研究職以外の職種に転職することが可能になります。

続いて、その具体例を示します。

弁理士や特許技術者として特許事務所に転職する

企業で働いていると、特許申請に携わることがあります。特許申請は、企業の利益を守るために必須の業務です。

特許申請の手続きは、特許庁へ赴いて行います。企業が特許明細書の素案を作成し、最終的な手続きは特許事務所が行います。そして、特許の明細書を作成するのは特許技術者や弁理士です。

特許技術者と弁理士の違いは、弁理士資格の有無だけです。弁理士資格がない特許技術者は、弁理士の指導・監督のもと特許明細書の作成を行います。

下の求人は、転職サイトで「有機合成 研究」で検索をするとヒットしたもので、東京にある特許事務所です。

求めている人材は以下のように、理系の研究分野の多くが当てはまっています。そして、下線のように有機化学の分野の経験者も該当します。

明細書作成が未経験であっても、専門の知識、仕事の経験があれば歓迎されると書かれており、現在研究職で働いているあなたも対象となります。

実際の特許明細書の一部を示します。この例であれば、明細書を書くために有機合成の知識が必要であることがわかると思います。

私が働いていた会社でも、上司は特許作成に携わっており、明細の素案の作成を行っていました。

このように、特許事務所への就職では、有機合成の研究で習得した知識や経験を活かすことができます

まとめ

ここでは、有機合成の研究職の経験を活かして転職するための、求人案件の探し方について説明しました。

製薬会社や化学メーカーの研究職の求人を見つけることができれば、あなたの転職の目的と照らし合わせて、エントリーしてみるといいでしょう。

しかし、これらの会社の求人案件は多くないので、派遣会社の求人も探してみるといいです。

有機合成の研究職に転職するときに、危険物取扱者甲種の資格が求められることがあります。そして、英語力は身に付けておくと入社後も役に立ちます。

有機合成に携わっていると、特許事務所のように研究職以外の業種に転職することもできます。

有機合成の研究に携わっていると、化学に関する幅広い知識が身に付きます。あなたの転職の目的や、やりたい仕事内容を熟考し、転職活動をするようにしましょう。


研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。

一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。

ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。

これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。