製薬会社の分析化学分野の仕事と聞いて、あなたはどのような仕事をイメージしますか? 分析機器の前で、ひたすら分析をしている姿でしょうか。

製薬会社は、新薬を研究開発して、世に送り出すことを事業としています。新薬開発には、研究テーマを立案することから始まり、最終的に商品になるまで、多くのステップがあります。

そのなかで分析化学の研究者は、どのように関わるのでしょうか。

ここでは、製薬会社で分析化学分野に転職すると、どのような仕事に従事するかについて、求人例を示しながら解説します。

製薬会社で実施する分析化学の仕事内容

分析化学の研究職は、薬の研究開発のなかでどのステージで活躍しているのでしょうか。まずは、薬の開発の流れを下に示します。

このなかで、分析化学の研究職は、創薬の標的となる分子の選定に始まり、製品開発に至るまでの、それぞれのステージで関わることになります。

続いて、具体的な仕事内容について紹介していきます。

創薬研究に携わる

創薬研究では、医薬品の標的分子の選定から、活性評価までを行います。それぞれの過程のなかで、分析化学の研究者は、どのような仕事を任せられるのでしょうか。

・創薬ターゲットの構造解析

創薬の標的となるのは、タンパク質であることが多いです。例えば、解熱鎮痛剤として病院でよく処方されるロキソニン錠は、シクロオキシゲナーゼというタンパク質が標的です。

タンパク質は分子量が大きく、10,000を超えるものが多いです。シクロオキシゲナーゼの分子量も、10,000をはるかに超えます。

一方で、ロキソニン錠に含まれる有効成分(ロキソプロフェンナトリウム)の分子量は、300程度です。

この小さい分子が、巨大なシクロオキシゲナーゼに結合して、シクロオキシゲナーゼの機能を阻害することで、解熱鎮痛効果を発揮します。

そして、この標的となるタンパク質と小分子が、どのように結合しているかを解析する手法があります。それが、X線結晶構造解析です。この解析は、分析の研究職の職域に含まれます。

標的となるタンパク質に小分子が結合している状態の結晶を取得することができれば、その共結晶のX線結晶構造を解析することで、タンパク質のどの部位にどのように結合しているかがわかります。

その結果をコンピューターの画像解析ソフトで表示することで、さらに活性を強くするためにどのような分子をデザインすればよいかを検討することができるようになります。

私は大学院時代に、新規生理活性物質の創出を行っていました。

その際の分子デザインの材料に、タンパク質と分子デザインした化合物が、どのように結合するかをコンピューターがシミュレーションし、最も安定な結合様式を提示してくれるソフトウエアを利用していました。

実際に、標的タンパク質と小分子の結合様式を、コンピューターがシミュレーションした結果が、下の図です。

水色で表記しているのは、私が合成した小分子化合物です。そして、その周囲はすべてタンパク質です。化合物がタンパク質の内部の空間に結合している様子を、コンピューターが計算して表示しています。

そして、赤の丸で囲んだ部分に、若干のスペースがあることがわかるでしょうか。このスペースを埋めることで、無駄なスペースがなくなり、より強く結合することが予想されます。

実際にこの部分を埋めるために、アルキル鎖を伸ばした化合物を新たに合成し、活性評価したところ、活性が増強するのを確認できました。

コンピューターを利用してこのような検討ができるのは、標的タンパク質のX線結晶構造が明らかになっていたからです。

タンパク質への結合様式がわからないと、手あたり次第に化合物を合成するしかありません。ある程度の数の化合物の構造と、それらの活性から、相関関係を見出して、どうすればさらに活性が強くなるかを考える必要があります。

新たな創薬ターゲットに対して化合物を合成するときに、タンパク質のX線結晶構造がわかっていると、研究を効率的に進めることができます。

タンパク質のX線結晶構造解析は、製薬会社の分析職の職域に含まれます。

・合成した化合物の構造解析

医薬品が開発できる確率は、極めて低いです。約3万個の化合物を合成して、最終的に医薬品として製品になるのが1つといわれています。

そのため、新薬を開発するためには、候補化合物をとにかく合成し続ける必要があります。

合成した化合物は、ほとんどの場合は合成した人(探索合成の担当者)が自分で分析します。多くの場合、1H-NMRやLC/MSで分析することで、目的化合物が合成できているかを確認します。

しかし、化合物のなかには、これらの分析だけでは簡単に構造を決定できないものもあります。具体的には、二重結合のシス配置かトランス配置の違いや、光学異性体の(R)または(S)を決定する必要がある場合です。

そのような化合物の構造は、2D-NMRや、NOEなど追加の分析を行うことで決定します。これらの分析は、分析の専門家が行うことが多いです。

・動物実験で代謝物を解析する

合成した化合物は、最終的にはヒトで効果を発揮する必要がありますが、いきなりヒトに対して使用することはありません。

まずは、標的となるタンパク質や、細胞、動物(ラット)に対する活性を評価します。この段階で活性がないと、それ以上の研究を進めることはありません。

ヒトに限らず、動物に医薬品を投与すると、体内で代謝を受けます。代謝によって有効成分が分解して活性を示さなくなることがあれば、代謝産物が毒性を示すこともあります。なかには、代謝産物が医薬品本体よりも活性が強いこともあります。

どのような代謝を受けるかは、投与して、代謝物を単離、分析してみないと最終的にはわかりません。しかし、代謝産物を予想することはできます。

代謝酵素によって有効成分がどのように化学変化を受けるかを予想したり、単離された代謝物の構造を決定したりするのも、分析の専門職の仕事内容に含まれます。

これらの業務は、活性評価を行う薬理評価チームや、体内動態を評価する薬物動態研究チームと共同で行うことになります。

臨床応用に向けた原薬および製剤の分析(CMC研究)

ここまでのステージは創薬研究であり、これ以降のステージでは、製品化に向けた業務を行うことになります。

そして、製品化に向けた業務は「CMC研究」と呼ばれます。CMCは、Chemistry(化学)、Manufacturing(製造)、Control(品質管理)の略です。したがって、CMC研究とは、製造方法の検討、製剤化の検討、品質規格の設定、評価などの業務を指します。

CMC研究の分析で実施される試験項目の一部を、下に示します。ほかにも、多くの試験が実施されます。

  • 規格試験:純度など
  • 製剤特性解析試験:溶出試験、崩壊試験など
  • 微生物試験:微生物限度試験、無菌試験など
  • 安定性試験:温度、光、湿度に対する安定性

ここでは、これらのうち溶出試験安定性試験について、具体的な試験内容を解説します。

まずは、溶出試験についてです。錠剤を開発する場合を例に説明します。

錠剤は、飲み込んだあと、錠剤のまま作用することはありません。口腔内、胃、腸のいずれかで錠剤が崩壊します。そして、有効成分が溶けだし、体内に吸収されてから効果を発揮します。

このとき、有効成分の溶出しやすさによって、効果の現れ方が大きく変わります。

有効成分がゆっくり溶出すれば、効果は徐々に現れて、長く持続します。

その一方で、有効成分が一気に溶出すれば、効果が急激に現れて、薬効が消失するのも速いです。

錠剤によっては、あえて有効成分がゆっくりと溶出するように設計されているものもあります。

このように、有効成分がどのくらいの時間で溶出するかを分析する試験が、溶出試験です。

続いて、紹介するのは安定性試験です。

すべての医薬品は、保存する条件が定められています。そして、ほとんどの医薬品は使用期限が決められています。

下の医薬品は、大正富山医薬品株式会社から発売されている、抗生剤のクラリス錠です。のどが痛い(咽頭炎)、肺に炎症が起きて(肺炎)呼吸が苦しいなどで病院を受診すると、処方される薬です。

クラリス錠のパッケージには、下の写真のように保存条件(室温保存)と使用期限が記載されています。

なお、この写真は2019年2月に撮影したものなので、使用期限まで2年6カ月あります。

このような保存条件は、安定性試験の結果に基づいて決定します。クラリス錠の安定性試験の結果が収載されている書類の一部を紹介します。

温度、光、湿度に対する安定性を評価しています。このときの試験項目は、錠剤の性状、溶出性、水分含量、有効成分量などです。

これらの試験結果に基づいて、保存条件と使用期限が設定されます。

例えば、40℃で有効成分量の低下がみられるような製剤であれば、冷所(1~15℃)に保存しなければならないようなものもあります。

このように、医薬品の保存条件や有効期限を定めるために必要な製剤情報を収集するのも、分析職の仕事の1つです。

続いて、製薬会社の分析研究に携わる求人例を紹介します。

これは、抗体技術を核としたバイオテクノロジーを駆使して、新薬の創出に力を入れている協和発酵キリン株式会社の求人です。

協和発酵キリンではバイオ医薬品の創出に力を入れていますが、従来から臨床現場で汎用されている低分子医薬品の研究開発も同時に行っています。

参考までに、ここまでに紹介したロキソニン錠やクラリス錠は低分子医薬品です。この求人で採用されると、静岡県の研究センターで低分子医薬品の分析研究に携わることになります。

そして、この求人情報の「仕事内容」の欄には、以下のように記載されています。

新規の医薬品を開発するので、規格は新たに設定する必要があります。そして、規格設定のための分析法も、確実に分析できる手法を検討し、構築する必要があります。

また、ここで紹介したさまざまな試験を実施して、製剤の特性を解析することも仕事内容に挙げられています。

工場への技術移管、国内外の当局に対する申請資料の作成については、第2章でくわしく説明します。

このように、CMC研究の分析部門では、創薬研究で見つかった薬の卵を、医薬品にするためにさまざまな分析を行います。

求められる経験やスキル

製薬会社で分析化学の仕事に従事すると、研究の初期から、医薬品が製造されるまでの、多くの段階に携わることになります。

では、分析化学の専門家として製薬会社に転職しようとすると、どのような経験やスキルが求められるのでしょうか。

分析機器の使用経験

分析の専門職として採用されると、分析機器は日常的に扱うことになります。

そのため、過去の分析機器の使用経験は、転職後もそのまま活かすことができます。同じ機器であれば、メーカーや型番が変わっても、操作性が大きく変わることはほとんどありません。

求人によっては、特定の分析機器の使用経験を求めているものもあります。

次に紹介する求人は、国内大手製薬メーカーのエーザイ株式会社のものです。

エーザイ株式会社では低分子医薬品だけでなく、バイオ医薬品も発売しています。この求人では、バイオ医薬品製剤の分析研究者を募集しています。

この求人の「応募資格」の欄には、バイオ医薬品の分析で使用する分析装置の使用経験がある人が求められています。

これらの機器は、低分子化合物の合成研究では用いることはほとんどありません。

これらは、タンパク質と標的分子の相互作用を解析したり、タンパク質の等電点を測定・分析したりするために用いられることが多い機器です。

もしあなたが、これらの分析機器の使用経験があれば、即戦力として活躍することができるでしょう。

このように、分析機器の使用経験は、転職後もそのまま活かすことができます。

GMPの経験

GMPとは、Good Manufacturing Practiceの略語で、「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準」を指します。

「Manufacturing」は製造業を表します。もう少しかみ砕くと、GMPは、工場で医薬品や医薬部外品を製造するときに守る必要がある基準です。

医薬品を研究室で合成しようと思うと、1回の合成で1kgほど合成するのが精一杯です。しかし、医薬品として販売するためには、トンスケールで合成する必要があります。そのため医薬品は、下の写真のような工場で製造します。

引用:ライトケミカル工業株式会社 反応釜を編集

製薬会社によっては、自社で工場設備を保有しているところもあれば、製造は他社に依頼する製薬会社もあります。

いずれにしても、最終的には工場で製造する必要があるので、製造のときにはGMPを遵守する必要があります。

工場で製造するために技術移管をするときには、GMPに則って、実際に行う手順が記されている書類(標準作業指示書)や、分析方法について記載された書類などを作成する必要があります。

そして、これらの書類を製造する工場に技術移管し、工場で製造してもらいます。この技術移管に関連する仕事も、分析化学の業務になります。

私はかつて、医薬品製造業の化学メーカーで勤務していました。そして、製造現場での研修の際には、標準作業指示書に従って製造オペレーターの人が作業をしているのを見学させてもらいました。

昇順作業指示書には、反応時間、HPLCで分析をするタイミング、サンプリングした試料の希釈方法などが、細かく記載されていたことを覚えています。

GMPとは、誰が、いつ作業をしても、同じ品質の製品が製造できるために作られたルールです。そのために、細かい決まりが多く定められています。

私の知人で、製薬会社で創薬研究に携わっていた人に話を訊くと、以下のような話をしてくれました。

新薬の開発の時期になると、分析に関わる人は文書作成が大変そう。例えば、原料が変わるだけでも書類を作り直さないといけない。

プロセス開発のチームは、少しでも収率を上げるために日々検討をしている。そのため、よりよい反応条件が見つかると、逐一書類に反映させないといけない。

繁忙期は、遅くまで仕事をしているという話を聞いたことがある。

実際にGMPの経験が求められる求人例を紹介します。この求人は、バイオ医薬品の製造施設を有する、大手製薬企業のものです。

この求人の「応募資格」の欄には、GMPに関する知識と実務経験を有していることが必須条件として挙げられています。

GMPの知識といっても、参考書の内容を覚えるようなものではありません。GMPの概念の下で働いたことがあるかが求められます。

GMPのルールは、実際に経験してみないとイメージがわきません。

製薬会社で研究開発されたものは、将来的には工場で製造することになります。医薬品を工場で製造するためには、必ずGMPが関わります。

そのため、製薬会社で分析化学の仕事をする際には、GMPに関する知識が必要になります。

英語力

日本国内で医薬品として認められるためには、厚生労働省の承認が必要です。

そのためには、医薬品の規格基準書である「日本薬局方」に記載されている試験方法に基づいて、分析をする必要があります。

しかし、研究開発された医薬品は、日本国内だけで販売されるわけではありません。なかには、世界中の患者さんに使用されるようなものもあります。

海外で医薬品として認められるためには、その国の厚生労働省に相当する機関の承認が必要になります。例えば、アメリカではFDA(アメリカ食品医薬品局)が日本の厚生労働省にあたる公的機関です。

アメリカで新薬の申請をするときには、アメリカの薬局方である米国薬局方に基づいた試験を実施する必要があります。

もちろん、米国薬局方の内容は、すべて英語で記載されています。そして、アメリカの公的機関に書類を提出するときは、英語で作成する必要があります。

また、海外の会社と共同研究を行うこともあります。製薬会社のなかで、日本国内だけですべての業務を完結させている会社は多くないです。

グループ会社や子会社が海外にあれば、電話会議やメールのやりとりを英語でする機会もあるでしょう。

このように、製薬会社の分析職で働くときには、英語に触れる機会は多いです。

英語力が求められることが記載されている求人例を紹介します。下の求人は、さきほども紹介した協和発酵キリン株式会社のものです。

この求人の「対象となる方」と「仕事内容」の欄には、それぞれ以下のように記載されています。

ビジネスレベルの英語力が、必須条件に挙げられています。そして、海外当局への申請関連資料の作成にも携わることが記載されています。

なお、歓迎条件として、国内外における承認申請業務の経験が挙げられています。そのため、この求人で採用されると、将来的には海外の公的機関への承認申請業務を担当する可能性が高いでしょう。

このように、製薬会社で分析化学に携わるときは、英語力が求められます。

転職エージェントを活用する

ここまで、製薬会社で分析化学の研究職では、どのような仕事を担当することになるのか、求人例を示しながら紹介してきました。

実は会社によって、実際に分析化学の研究職の仕事は、大きく異なっています。

私の知人で、塩野義製薬と大日本住友製薬で働いている人がいます。彼らに分析職の人の仕事内容を訊くと、会社によって分析職の位置づけや、ほかの部門との関わり方が異なることを教えてくれました。

具体例としては、X線結晶構造解析は、専門のチームを組んで実施していることがあります。また、低分子化合物の構造解析は、指示通りにただ手を動かすだけのテクニシャンの人が、機器のメンテナンスも含めて実施している会社もあります。

また、今回紹介した求人は、CMC研究(臨床応用)に関わるものばかりです。複数の転職サイト(doda、マイナビ転職、リクナビNEXT)で求人を探しましたが、創薬研究に関わるものはヒットしませんでした。

そのため、インターネットで検索をして見つかる求人(公開求人)だけでなく、公になっていない求人(非公開求人)を、転職エージェントから紹介してもらうようにしましょう。

非公開求人は、公開求人の3倍ほどあるともいわれています。したがって、非公開求人を紹介してもらうことにより、あなたの転職先の選択肢は大きく増えることになります。

そして、転職エージェントは企業の情報や、求人案件で提示されている仕事内容についてくわしく教えてくれます。

そのため、あなたがやりたいこととマッチしているかを判断してくれます。

せっかく転職を成功させても、転職してから「やりたいことと違っていた」と思うのは悲劇です。

事前にあなたの希望する仕事内容と、企業が求めるものが合っているかを判断してもらうようにしましょう。

まとめ

ここでは、製薬会社の分析化学分野の仕事内容について、求人例を示しながら解説しました。

創薬研究の初期の段階から、製剤化の研究まで、幅広いステージで分析化学の専門家として関わることになります。

そして、分析機器の使用経験、GMPの経験、英語力があれば、転職活動を有利に進めることができます。

同じ分析職でも、実際の仕事内容は、会社や求人案件によって違います。そのため、転職活動をすすめるときには、転職エージェントを活用するようにしましょう。

そうすることで、非公開求人を紹介してもらえたり、あなたの希望と会社の希望のミスマッチを防ぐことができたりします。


研究職や開発職で転職するとき、求人を探すときにほとんどの人は転職サイトを活用します。転職サイトを利用しないで自力で求人を探すと、希望の条件の求人を探す作業だけでなく、細かい労働条件や年収の交渉もすべて自分でやらなければなりません。

一方で転職サイトに登録して、転職エージェントから求人を紹介してもらうと、非公開求人に出会うことができます。また、労働条件や年収の交渉もあなたの代わりに行ってくれます。

ただし、転職サイトによって特徴が異なります。例えば「取り扱っている求人が全国各地か、関東・関西だけか」「事前の面談場所は全国各地か、電話対応だけか」「40代以上でも利用できるか、30代までしか利用できないか」などの違いがあります。

これらを理解したうえで転職サイトを活用するようにしましょう。そこで、以下のページで転職サイトの特徴を解説しています。それぞれの転職サイトの違いを認識して活用することで、転職での失敗を防ぐことができます。